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2010年3月

 

インタヴュー:ジェラード・バトラー & クレイグ・ファーガソン

 

互いに惹かれる

スコットランド人同士のジェラード・バトラーとクレイグ・ファーガソンは20年以上にわたる友人である。しかし、二人をスクリーン上で一緒にするにはヴァイキングとドラゴンに関する アニメ映画『ヒックとドラゴン』が必要だった。

 

イングリッド・ランドーヤ(フェイマス誌副編集者)記

 

ジェラード・バトラーの猛々しさは『300』 でペルシア人を震え上がらせたかもしれないが、幸いインタヴューの間、この俳優は生真面目でいてくれた。

 

40歳のスコットランド人で女性を魅了する男と共演者のクレイグ・ファーガソンは、ロサンジェル スから電話で、彼らの子供向けアニメ映画『ヒックとドラゴン』について話してくれた。この映画は今月バトラーのもう一本の映画でジェニファー・アニストン と共演したアクション・ロマ・コメの『バウンティー・ハンター』と共に公開される。

 

『ヒックとドラゴン』は、クレシダ・コウェルの本に基づき、バトラーをヘアリー・フーリガン 族の族長であるヴァイキングのストイックに配している。ヴァイキングたちは彼らを襲撃するドラゴンを恐れながら暮らしているが、ストイックの息子ヒカップ [「しゃっ くり」の意。日本では「ヒック」という名になっている] (ジェイ・バルチェル)はトゥースレス(「歯なし」)という名のドラゴンと仲良くなり、ヴァ イキング――そして特に父親のーー考え方を変え始める。

 

バトラーについて理解しなくてはいけないのは、彼がマスコミに自分の無駄に過ごした若い頃の ことを、怒濤の飲んだくれ(彼は過去10年間禁酒している)、ロックバンドで演奏していた、カーニ バルで働いた、弁護士になりそこねた(資格を得る1週間前に法律事務所から解雇された)ことについてひどくおもしろ可笑しく、とても卑下して語るのが大好 きだということだ。

 

彼のふざけた面がこのインタヴューの間に解き放たれた。というのも、深夜のテレビ番組のホス トで、同じスコットランド人であり、過去25年にわたってバトラーの親友であるクレイグ・ファーガ ソン(ドラゴン戦の教師ゴバーを演じている)と一緒だったからだ。この二人を同じ部屋に一緒にしたなら、忍び笑いやバカげたことがそれに続いて起きる。

 

どうして彼らがヴァイキングの声にふさわしかったのかと訊かれて、ファーガソンが説明した。 「わたしは喧嘩は得意だし、ジェリーは飲んだくれだからね」バトラーがその考えを発展させた。「ぼくたちは二人とも体が大きく、たくましく、大声で、いや なスコットランド人だ。そしてそれでぼくたちは、大きくてたくましく、乱暴で飲んだくれのヴァイキングを演じるのに完璧な立場にあるのさ」

 

バトラーは、この映画の子供向けのヴァイキングを描くとなると、いささか辛辣かもしれない。 彼のキャラクターであるストイックは、焼き討ちしたり略奪するようなタイプでは全くない。

 

「実際、彼は偉大な戦士の精神を持ち、自分の民と村のために責任を感じているんだ」とバト ラーは言う。「彼はただただ伝統とヴァイキングの価値観と、ここにいるファーガソン君が演じる親友のゴバーにしがみついているんだ」

 

「言ってみれば、彼の下僕なのさ」とファーガソンが間(あい)の手を入れる。「ジェリーが主人で、わたしは彼の下僕なんだ」

 

ファーガソンによると、二人のスコットランド人をヴァイキングに配するのは理にかなっている という。というのも、ヴァイキング文化が今日のスコットランドにはちゃんと生きているからだ。

 

「ヴァイキングの文学の中に我々の歴史があるし、スコットランドにはたくさんのヴァイキング の血が流れている。特に北部にね。どこに行っても、店の前にはプラスチックのヴァイキングが坐っているし、ヴァイキングのカレンダーを見かける。それは、 彼らがやってきて、我々の娘をみんなさらい、それからその一部が帰らずにここに住み着いたからなんだ。だから、スコットランドにはたくさんのヴァイキング の血筋があるのさ」

 

バトラーの履歴を見ると、「アニメ映画」はこの俳優がやる機会のなかった唯一のジャンルだと いうことがわかる。*

[訳 注* ジェリーは、ザック・スナイダー監督の『ウォッチメン』のDVD特典にある「黒い貨 物船の物語」で船長の声をやっています。しかし、劇場公開される作品では、この『ヒックとドラゴン』が初めてとなります。]

 

その多才さゆえに、彼はハリウッドで最も求められる俳優たちの一人となっているーー彼はハイ になったスパルタ王(『300』)、繊細でギターを弾く亡夫(『P.S. アイラブユー』)、銃を持ち歩くギャング(『ロックンローラ』)、異形の歌うロマンチックな作曲 家(『オペラ座の怪人』)、アビゲイル・ブレスリンの父親(『幸せの1ページ』)として現実感がある。アニメのキャラクターに声を当てるには、とっくに機 が熟している。

 

「あのね、ぼくはこれまでアニメ映画はやったことがないんだ」とバトラーは言う。「だから、 このファンタスティックで神話的な世界に関わって、こうしたカリスマ的なヴァイキングを引き受けて、それを大いに楽しむというのは、ぼくにとってすごく愉 快なことに思えるんだよ」

 

「それに、もうすでに『ベオウルフ』という映画でヴァイキングは演じたし、『サラマンダー』 というドラゴンの映画をやったからね」

 

そっけないレコーディング・スタジオでマイクの前に立つことは、俳優たちにとりやりがいの あることだろう。目に見えない架空の世界を視覚化しなくてはならないのだから。しかし、それは俳優たちがグリーン・スクリーンやブルー・スクリーンの前に 立ってCG映画を作るのとそんなに違うだろうか? バトラーの『300』での経験は、この役に下準備をした。

 

「役と役の間にはもの凄い違いなんてないんだよ」とバトラーは言う。「だって、いることに なっている世界に実際はいないんだから、どちらの役も少しばかり想像力を必要とするんだからね。

 

「だから、想像力を使って、それからまたただ解き放って、自分が言っていることは面白いしふ さわしくなると確信するんだ。ただ確信するんだよ。それとよくクレイグを見て『奴は何をしているんだい? それをちょっとやろうとしているんだけど』と言 うんだ」

 

「わたしはただ話し続け、クビになるようなことが起きないことを願っているね」とファーガソ ンが冗談を言った。

 

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バトラーとカナダとの繋がり

ジェラード・バトラーのセクシーなスコットランド訛りは、主にグラス ゴー郊外にあるペイズリーで育った副産物である。主にと言ったのは、子供時代に短期間、バトラーはここカナダにーー厳密にはモントリオールに暮らしたこと があるからだ。

バトラーの両親、エドワードとマーガレットは、1970年に子供たちのブライアン、リン、ジェラードをつれてモントリオールに移住した。ジェラードがほんの 6ヶ月のことだった。遊び好きなブックメーカー(一時はグラスゴーに5つの掛け屋を持っていた)であるエドワードは、様々な事業に手を出して、すべて失敗 した。そこで、到着してほんの18ヶ月後に、マーガレットはエドワードを後に残し、子供たちを連れ てスコットランドに戻った。バトラーは16歳まで父に会うことはなかった。再会後彼は何時間も泣い た。2009年に彼は『デイリー・テレグラフ』紙にこう語った。「その感情で、この自分の体にどれ ほどの痛みがあったのかがわかったんだ。解放されるまであることも知らなかった痛みと悲しみだ」

 

父と息子は和解し、親密になった。 しかしバトラーが22歳のとき、エドワードは癌の末期と診断され、バトラーはもう一度カナダに戻 るーー今度はトロントだーー父が亡くなるまで、共に過ごすために。

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