

11月28日 テーマ抽選、11月29日 実技審査
パリ市商工会議所付属フェランディ校フェランディ校(フランス、パリ)
第45回ル・テタンジェ国際料理賞コンクールインターナショナルが11月29日(火)にパリで行われ、同日夜ホテルジョルジュサンク(パリ)にて結果発表式が行われました。コンクールの歴史に満たされこの場所で、アマチュア・シェフの才能を賛美するために、3年目の<ル・テタンジェ>・コルドン・ブルー・コンクールの結果発表も同時に行われました。
審査委員長ジル・グジョン氏(M.O.F オーベルジュ・デュ・ピュー・ピュィ)をはじめ国際審査員は、第45回インターナショナル・ファイナルの結果を下記のように決定しました。又、日本人として史上初めて優勝(1984年、第18回ピエール・テタンジェ国際料理賞コンクール)した堀田大氏が、インターナショナル・コンクール審査委員として参加しました。

ベルギー/リュクセンブルグ、フランス、日本、オランダ、スイス
○参加各国でのコンクール優勝者は、国際ファイナル(パリ)のフィナリストとして2週間前に招集状と共に国際ファイナルにおける一般テーマ(例:魚、甲殻類、肉、ジビエ、家禽 等…、3種のガルニチュールを添える)を受け取る。
○コンクール前夜のパーティー会場にて、法廷執行官立ち会いのもと、コンクールの明確なテーマ及び材料リストがくじで決められる。フィナリストはその材料リストから必要な材料を選び出し、オリジナル・ルセットの料理制作にあたる。
○国際ファイナルでの公式言語はフランス語とする。但し組織委員会は外国人参加者が翻訳及び通訳を自由に使えるよう努める。
○国際ファイナル当日、各参加者は5時間以内に料理を仕上げること。
結果は同日の夜発表され、テタンジェ社が主催するパーティーにて授賞式が執り行われる。
○出場者全員に記念カップ及び<ル・テタンジェ>国際料理賞コンクール出場を証明し、その結果を載したディプロムを授与。
○上位3位入賞者には以下の賞品を授与:
-10,000ユーロの賞金
-トロフィー <エル・グスト>。このトロフィーは、本コンクールのためにミゲル・ベッロカル氏が創作したもの。
-ラ・クープ・ヴァンクール。これまでの全ての優勝者の名前が刻まれ、授賞式の時に手渡される。この杯は優勝者を輩出したレストランに1年間展示される。
-メダル<ル・テタンジェ国際料理賞コンクール>(彫刻家ポール・ベルモント作、ピエール・テタンジェの肖像が刻まれている)
-カップ、4,800ユーロの賞金
-カップ、2,400ユーロの賞金









マルカッサン(骨付き、舟形の皿上に切り分けて盛り付ける)
Dos de marcassin français cuit sur l’os, tranché et présenté sur le bateau,
+
ペイ・ド・ソー産モナリザ種ポテトを使ったガルニチュール1種
1 garniture imposée à base de pommes de terre Mona Lisa du Pays de Sault
+
2種のガルニチュール(自由)を添える
2 garnitures libres
審査委員長による課題ルセット
3ラングスティ-ヌ、リゾット・ド・ラングスティーヌ、パルメザン添え
3 Langoustines et leur Risotto de langoustine accompagné de parmesan
1人5時間でテーマ料理と課題ルセットを制作し行なわれた。
<ル・テタンジェ>コルドン・ブルー賞が才能のあるアマチュアを対象に、ポテトのガルニチュールを除いたプロと同じテーマ料理(課題ルセットなし)を1人4時間)で制作し行われた。
賞は、ジェラール・ボワイエ氏(ランス、ミシュラン3つ星レストラン・クレイエールの元オーナーシェフ)より授与された。
1位:ジャン‐ピエール・リッサルド氏
2位:マダム・アレクサンドラ・ヴァガユー
3位:マダム・エリザベット・コレ
メイン素材の仔猪の背肉料理は、ジビエの中でも一番ジビエらしくない素材であったと思う。 生後、6ヶ月前後の仔猪は獣臭もなく味も薄い。
私は、豚肉を想定してのソース、付け合せが良かったのではないかと思う。
ほとんどの作品が“ジビエ”いうことを意識し過ぎたソースを作っていた(猪の風味が生きてない)、付け合せの味の主張が強く、主役の風味が埋もれてしまっていた。
また、猪肉は肝炎、ジストマの危険があるので、à point, bien cuitに仕上げなければいけないが、出来上がりがほとんど生焼け状態の作品もあった。
指定のペイ・ド・ソー産モナリザ種のジャガイモを使ってのガルニチュールも、ジャガイモを主味に仕上げた料理が少なかった。
この作品の出来具合は、ほとんど差が無かった。
ラングスティーヌ・リゾット料理の出来具合が、順位を決めたと思う。
今回、自身では初めての<ル・テタンジェ>国際料理賞コンクールへの参加となり、全てが初めての事ばかりで、驚きや戸惑いなど新たな体験を沢山させて頂きました。
コンクール・ジャポンでは自分の作品を何度も試作し、シェフや先輩にアドバイスを頂きキチンと準備をして臨めた事、当日の課題料理に対して普段どおりの姿勢で取り組めたことが良い結果に結びついたと思います。
コンクール・ファイナルではまず純粋に料理を作るという事よりも、そこに至るまでの準備が多くのウェイトを占めていたので、単純に料理の事だけを考えていれば良いと言う訳にはいきませんでした。
それでもフランス文化を識る会の方々、会社、先輩に沢山のサポートを頂いていたので、無事に参加することができたのだと思います。コンクール・ファイナルではこれをやりたいと言う自分のアイディアばかりが先行してしまい、食材の良さを引き出す事や全体のバランスを考えられず、自分の力の無さを痛感しました。まずは食材があっての料理なのだと言う事に改めて気付かされました。
コンクールを無事に終える事が出来一人では何もできない自分をサポートしてくれた多くの方々、家族にとても感謝しています。そして今は学べる事が山ほどあると言う喜びと、またあの舞台に立ちたいという気持ちで一杯です。




コンクール・ジャポンの第1次審査(書類選考)は8月3日に行われ、全国から8名が選ばれ、東京調理師専門学校(新宿)で9月6日に行われた最終審査(ファイナル実技審査)に臨みました。
8名の参加者は2点の料理を5時間で制作し、コンクール・ジャポン最終審査は<ル・テタンジェ・コンクール>国際規約にのっとって行われました。
コンクールの規則は、パリ、ブールヴァール・マジェンタ156番地 法廷執行官 ポーペール・リエヴァン事務所に提出されており、ポーペール・リエヴァン氏がコンクールの合法性を監視するものであります。



コンクール・ジャポン最終審査結果は、シャンパーニュ・テタンジェ社取締役輸出部長クロヴィス・テタンジェ氏同席のもとに9月6日六本木ヒルズクラブで行われた発表式で発表され、以下の授与が執り行われました。

第1位のディプロム、第1位のカップ、シャンパーニュ・テタンジェ(マチュザレム) 副賞として2,400ユーロ相当の小切手
第2位のディプロム、第2位のカップ、シャンパーニュ・テタンジェ(ジェロボアム)
第3位のディプロム、第3位のカップ、シャンパーニュ・テタンジェ(ジェロボアム)
*ファイナル実技審査の出場者で第1位〜3位以外の者全員に、第45回<ル・テタンジェ>国際料理賞コンクール・ジャポンのファイナリストを証明するディプロム、シャンパーニュ・テタンジェ(ジェロボアム)

| 堀田 大 |
株)マンジュトゥー 代表取締役 1984年、<ル・テタンジェ>国際料理賞コンクール(パリ)に、日本人として初めて参加し初めて日本人として初めてグラン・プリを獲得 |
| 大溝 隆夫 | レストラン・ボルドー 代表取締役料理長 |
| 岸 義明 | ホテルインターコンチネンタル東京ベイ 執行役員総料理長 |
| 伊佐 武二 | ホテルニューオータニ 最高料理顧問 |
| 田中 健一郎 | 帝国ホテル東京 常務執行役員総料理長 |
| 大庭 巌 | ホテルオ-クラ東京 常勤顧問 |
| 福田 順彦 | セルリアンタワー東急ホテル 副総支配人総料理長 |
| 中村 勝宏 | ホテルメトロポリタンエドモンド 名誉総料理長 |
| マチュー・トサック | Gourmet consulting 代表取締役 |
| フィリップ・バットン | プチ・トノー 代表取締役 |
| ベルナール・アンクティル | コルドン・ブルー 教授 |
| ドミニク・コルビ | レストラン ル・シズィエム・サンス エグゼクティブ・ディレクター |
| 斉藤 裕之 | マキシム・ド・パリ 総料理長 |
| 林 和広 | 帝国ホテル東京 調理部長 |
| 沼尻 寿夫 | ウェスティンホテル東京 総料理長 |
| 小山 英勝 | ストラスブール オーナーシェフ |
| 曽我部 俊典 | パンパシフィック横浜ベイホテル東急 総料理長 |
| 柏木 健一 | ホテルグランヴィア大阪 料理長 |
| 善養寺 明 | ホテルオークラ東京 執行役員洋食調理総料理長 |
| 中宇祢 満也 | 浦和ロイヤルパインズホテル 総料理長 |
| 西口 章二 | ホテルニューオータニ 宴会料理長 |
| 渡辺 雄一郎 | シャトーレストラン ジョエル・ロブション エグゼクティブシェフ |
| 河野 透 | レストランモナリザ オーナーシェフ |
| 今城 浩二 | (イマジョウ コウジ) | 帝国ホテル大阪(大阪府) |
| 落合 富雄 | (オチアイ トミオ) | 和歌山マリーナシティロイヤルパインズ(和歌山県) |
| 鎌田 英基 | (カマタ ヒデキ) | 帝国ホテル東京(東京都) |
| 國木 健太 | (クニキ ケンタ) | ホテル阪急インターナショナル(大阪府) |
| 橋田 寛 | (ハシダ ヒロシ) | フレンチレストラン ドゥース・グー(京都府) |
| 浜田 統之 | (ハマダ ノリユキ) | ホテルブレストンコート(長野県) |
| 増原 辰朗 | (マスハラ タツロウ) | ANAインターコンチネンタルホテル東京(東京都) |
| 古屋 豊樹 | (フルヤ トヨキ) | ウェスティンホテル東京(東京都) |
*あいうえお順
1984年 優勝 堀田大氏(東洋軒、東京都)
1994年 3位 佐野文彦氏(大津プリンスホテル、滋賀県)
2001年 3位 中宇祢満也氏(浦和ロイヤルパインズホテル、埼玉県)
2002年 3位 佐藤浩氏(浦和ロイヤルパインズホテル、埼玉県)
2003年 3位 柏木健一氏(ホテルグランヴィア大阪、大阪府)
2008年 2位 下村康弘氏(株式会社オリエンタルランド、千葉県)
2010年 3位 大和幸義氏(帝国ホテル東京、東京都)
(所属は当時のものです)
優勝者(第1位)は今年11月29日、パリで行われるコンクール・アンテルナショナル(国際ファイナル・コンクール)参加を兼ねて配偶者と共にパリに招待されます。
<ル・テタンジェ>国際料理賞コンクールは45年の歴史を持ち、この間数多くの優れたシェフを輩出してきました。日本においては一時中断もありましたが、毎年定期的に開催し続けている国際料理コンクールに直結した日本で唯一のフランス料理コンクールとして高く評価されています。
*このコンクールは明確な2段階をもつコンクール、つまり参加各国でのコンクールは予選ではなく各国での<ル・テタンジェ>国際料理賞コンクール・ナショナル(参加各国名)であり、各国のコンクールの優勝者がパリに集まって行うものが<ル・テタンジェ>国際料理賞コンクールです。
今回は、実技審査料理ピジョノ-・オ・サン、課題料理はウフ・グリエ・ア・ラ・ディアブルともにキュイッソンが大きく影響するテーマだった。
<日付>
2011年11月29日
<参加国>
7ヶ国:ベルギー/リュクセンブルグ、フランス(アンドール公国・モナコ公国含む)、日本、オランダ、スイス
○参加各国でのコンクール優勝者は、国際ファイナル(パリ)のフィナリストとして2週間前に招集状と共に国際ファイナルにおける一般テーマ(例:魚、甲殻類、肉、ジビエ、家禽 等…)、を受け取る。
○コンクール前夜、法廷執行官立ち会いのもと、コンクールの明確なテーマ及び材料リストがくじで決められる。ファイナリストはその材料リストから必要な材料を選び出し、オリジナル・ルセットの料理制作にあたる。
○国際ファイナル当日、各参加者は5時間以内に料理を仕上げる。
・出場者全員に記念カップ及び<ル・テタンジェ>国際料理賞コンクール出場を証明し、その結果を載したディプロムを授与
・上位3位入賞者には以下の賞品を授与:
-10,000ユーロの賞金
-トロフィー <エル・グスト>。このトロフィーは本コンクールのためにミゲル・ベッロカ氏が創作したもの
-ラ・クープ・ヴァンクール(歴代全ての優勝者の名前が刻まれた大杯)は、後に開かれるプレスのためのデイナー(優勝者がコンクールで作った料理を自身の手で準備する)の時に手渡される
-メダル<ピエール・テタンジェ国際料理賞コンクール>(ピエール・テタンジェの肖像が刻まれている)彫刻家ポール・ベルモント作
カップ、-4,800ユーロの賞金
カップ、-2,500ユーロの賞金
<ル・テタンジェ>国際料理賞コンクール・ジャポン
事務局 フランス文化を識る会
〒108-00741東京都港区高輪1-15-2-105
TEL 03-3446-4551 FAX 03-3446-4821
http://www.acfrance.com
*12月上旬に[国際コンクール・ファイナル] の結果を引き続きホームページにて御覧いただけます