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先日ちょっとおもしろい本を読みました.
「博士と狂人」
(サイモン・ウインチェスター著)で,
世界最高の英語辞典と言われる『オックスフォード英語大辞典』
(OED)の編纂に関わった言語学者のジェームズ・マレー博士と,
W.C.マイナーという謎の人物を巡るノンフィクションです.
非常におもしろく,ぜひ読んでいただきたい本なんですが,
私は本文の後に付いていた「著者の覚書」の最後の数行にひっかかってしまいました.
その部分を抜き出してみます.(鈴木主税訳,ハヤカワ文庫)
Humoristは一九二一年六月一日のダービーに出走した馬の名で、
その日は母が生まれた日なのだった。
母の父親は女の子誕生のニュースにとても喜び、勝ち目のないその牝馬に一〇ギニーを賭けた。
ところが、その馬が勝ち、私が会ったことのない祖父は一〇〇〇ギニーを手に入れた。
それは、たまたま名前がおもしろいと思ったからにすぎなかった。
へえ,Humoristって牝馬なんだ...と思い,
インターネットや持っていた本の何冊かをチェックしたんですが,
どれを見ても表記は“colt”(牡)になっていました.
翻訳者がまちがえたのかと思い
(競馬に詳しくない翻訳者が訳したものには,ときどきとんでもないまちがいがあります),
英語のペーパーバックを買って確かめたところ,
原文も“filly”(牝馬)とか“she”(彼女)と書いてあって,
著者も Humorist が牝馬だと思っているようです.
著者が勘違いをしたのか,著者の母親がまちがえて著者に話したのか,
そもそもおじいさんがホラを吹いたのか,真相はわかりませんが,
とにかくHumoristは牝馬ではありません.
また,おじいさんは「10ギニーを賭けたら1000ギニーになった」と言っていますが,
“THE DERBY STAKES 1780-1997”
(マイケル・チャーチ著,レーシングポスト発行)によると,
Humoristは3番人気で単勝オッズ7倍でした.
イギリスの場合,ブックメーカーによってオッズは異なりますが,
前走の2000ギニーで3着していたのですから,
いくらなんでも単勝で100倍もつくような人気薄ではなかったはずです.
じいさん,どうせわかんねえだろうと思って適当なこと言いやがったな...と笑ったんですが, 著者はノンフィクションライターなんですから, たとえ覚え書きでもちゃんと調べてから書かないとまずいですよね. 本文の信憑性まで疑われかねませんよ.