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アイネスフウジン | |
1987 - 2004 | ||
牡 黒鹿毛 | ||
父:*シーホーク 母:テスコパール |
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写真は1990年ダービー
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5代血統表 |
1990年のダービーは,東京競馬場の入場者数新記録(196,517人),
走破タイムの2分25秒3がダービーレコード,
優勝ジョッキーとなった中野栄治騎手(現調教師)への「ナカノコール」と,
記録ずくめのレースでした.
競走馬としての頂点を極めたアイネスフウジンですが,
その後は屈腱炎による引退,種牡馬成績の不振,元所有者の自殺など,
今度はどん底状態に陥ってしまいました.
そんなときに現れたのが産駒のファストフレンドです.
ダートの交流重賞で牡馬を次々にうち負かし,
現役時代の父とはまったく違う舞台で父の名を思い出させてくれました.
その後も浦和桜花賞を勝ったアミーなどが出て,
ダートでの活躍が期待される種牡馬となっています.
まさに「禍福はあざなえる縄の如し」,
「アイネスフウジンも万事塞翁が馬」ですね.
2004.8 追記
アイネスフウジンは2004年4月,腸捻転のため死亡しました.
死亡場所が宮城県の牧場となっていたのでおや?と思ったのですが,
最初に種牡馬として繋養されていた新冠(北海道)から宮城県に移っていたそうです.
種牡馬成績が芳しくなかったのですから仕方ないことですが,
種牡馬登録抹消後は行方不明になる馬も少なくない中,
こうして大事にされていたのがせめてもの救いでしょう.
活躍したアイネスフウジン産駒は牝馬が多かったため,
後継種牡馬はいないようですが,
ファストフレンド産駒が競馬場に登場したときには「母の父」の欄にアイネスフウジンの名前を見ることができます.
その日が早く来ることを祈りつつ,合掌.