|
|
4月3日,社台スタリオンステーション荻伏に繋養されていたメジロマックイーンが死亡しました.
メジロマックイーンは1990年菊花賞,91年天皇賞(春),92年天皇賞(春),93年宝塚記念と毎年G1レースに優勝し,
通算成績は21戦12勝,獲得賞金は10億1465万7700円に達し,
これは当時の世界レコードとなりました.
一方で1991年の天皇賞(秋)では,プレクラスニーに6馬身差をつけて1位入線したものの,
スタート直後に斜行してプレジデントシチーの進路を妨害したため18着に降着,
G1級のレースで1位入線後降着となった初めての馬として不名誉な記録も作ってしまいました.
90年代最強のステイヤーとしてならしたメジロマックイーンですが,
1993年の京都大賞典(2400m)では2分22秒7という驚異的なタイムで圧勝,
スタミナだけでなくスピードも兼ね備えた馬であることを証明しました.
初年度産駒のエイダイクインは2歳秋にデビューし,翌年のクイーンC(1600m)に優勝,
1600m〜2000mで活躍しました.
父のイメージとはだいぶ違いますが,5歳時のエリザベス女王杯(2200m)で3着となり,
息の長い活躍をするところは父親似だったのかもしれません.
メジロマックイーンが死亡した4月3日は彼の誕生日でもありました.
最後まで記録ずくめの馬でした.