|
|
2004年4月,テイエムオペラオーとタケシバオーの2頭が顕彰馬に選出されました.
顕彰馬というのは,中央競馬の発展に多大な貢献があった馬を選び,その栄誉を称えるというもので,
顕彰馬に選ばれると東京競馬場内にある競馬博物館に「殿堂入り」することになります.
タケシバオーは1969(昭和44)年に年度代表馬に選ばれていますが,この年の成績がすごいんです.
この当時はまだグレード制が導入されていなかったので,「G1何勝」という言い方は正確ではないのですが,
現在のG1に相当するレースを2勝しています.
その2つとは春の天皇賞とスプリンターズS(当時のレース名は「英国フェア開催記念」)なのですが,
3200mと1200mのレースに同じ馬が出走すること自体,現在では考えられませんよね.
もしこんなレースの使い方をしたら「調教師は何考えてるんだ!」と非難されてしまいます.
驚くのはこれだけではありません.
スプリンターズSでは62kgを背負ってレコード勝ちしています.
また,2月の東京新聞杯(東京,ダート2100m)で6馬身差のレコード勝ち,
3月のオープン戦(東京,ダート1700m)で60kgの斤量を背負いながら大差のレコード勝ち,
4月のオープン戦(阪神,芝1600m)で9馬身差のレコード勝ち(このときの斤量も60kg)と,
この1年で4回のレコードを出しています.
長距離から短距離まで走り,芝でもダートでも活躍し,当時としてはかなり珍しかった海外遠征もこなし,
生涯成績は29戦16勝2着10回3着1回(海外2戦0勝を含む)と,とにかくとんでもない馬でした.
種牡馬としても優秀な成績を残し,G1勝ち馬こそいなかったものの,
ドウカンヤシマ(毎年1つずつ重賞を勝ち,6年連続重賞勝ちの記録を持つ.血統表はこちら)や南関東三冠馬のハツシバオー(血統表はこちら)など,
個性的な産駒を残しています.
こんなすごい馬が今まで顕彰されなかったというのも,なんだかおかしな話ですね.