工学教育の革新に向けて

地球環境と整合する工学教育

Frank G. Splitt

ノースウェスタン大学McCormik工学応用理学部
McCormik通信工学フェロー

献呈

 この論文を故アーサー J. シュミットに献呈する。氏は創意にあふれる優れた起業家でありアンフェノールを1932年に設立している。また慈善家であった彼はアーサーシュミット基金を1941年に創設した。技術者教育が狭い領域にとどまることを危惧し、また一方で技術以外の一般的教育を受けた人たちばかりが当然のように産業のリーダとなっていくことを憂いて1943年にはフーニエ工科大学を開設した。氏はリーダとなる人たちを育てることを強く希望していた。 工学教育を受けたエンジニアたちが、優れた電気工学の知識に加えて企業経営や人を動かす能力を獲得すれば、新しいリーダになっていくと考えた。 そのためには教育が重要である。アメリカを作ってきたエンジニアたちの才知を氏は高く評価し、またエンジニアが国の将来を担う上で重要だと考えた。工学領域こそ最も奥が深く、やりがいがあり、国の発展と防衛においても重要であると確信した。氏の決意はアーサーシュミット基金を通じて今日も発展している。

 アーサーシュミットに関してはArthur J. Schaefer 著、 Quest for Leadership: The Arthur J. Schmitt Story, Cathedral Publishing, Chicago, IL.を参照されたい。

 International Engineering Consortium (IEC)は学界、産業界、政界への公益を目的としてこの論文を後援している。IECは非営利組織で、IT産業と大学とに有意義な変革を促すことを活動目的としており、産業従事者、大学教職員、学生を対象に、学術研究会、技術展示会、オンライン通信教育、新規技術や重要技術に関する論文誌の刊行などの事業を行っている。現在では70以上の有力な大学がIECとの関連を持っている。産業界からは役員、管理職、専門職など数千人が参加している。詳しくは www.iec.org を参照されたい。

 常に変化する環境と常に成果を求められる圧力の中で、取り残されることなく、生き延びるためには何でも試してみるべきだ。しかし過去のスタイルに安住し現状維持になりやすいことも確かだ。このことは私たちの職業一般にいえることだし、学部学生の教育改革についても言えることだ。

 ソビエトがスプートニクを打ち上げた直後、かなりの研究資金が大学などの研究機関に流入した。それに合わせて大学は現在のような研究機関に変化してきた。大学教職員の成果は、知識の創造、権威のある論文誌への発表、それに獲得した研究資金という尺度で測られることになった。このような研究寄りの評価基準は、教員の採用、昇進、給与などに反映するので、教員は研究の専門家であるだけでなく、自身の生き残りについても専門家でなければならない。大学での研究インフラを整備するための資金も必要になり、教員たちは金集めと管理職という仕事もこなす必要が出てきた。資金の多くを連邦政府に頼っている研究所など、その資金がなければ現在の人員を維持することが難しい状態だ。

 今日の大学教職員は、教育のための時間を削り、研究補助団体の要請に応えることを優先課題とし、学生や他の研究者への対応は二の次になり"燃え尽き"直前である。学部教育に時間と労力を割くことはさらに困難になり、使い古した講義資料で変わりばえのしない講義を続けることになる。学生の理科系離れを見れば、このような教育がもはや成り立たないことは明らかだ。職業としてのエンジニアリングにも、学生たちは昔のような魅力を感じなくなってきている。

 MTV世代の学生たちのニーズと、大学が教職員を評価する基準とはすでに大きく離れてしまった。とりわけ学部学生の側が全体として大きく変わってきている。たいした成績でなくてもよい点数がつくのが当たり前だと考えているし、ソフトウェアをいろいろと操作することは好むが、背後にあるメカニズムや原理にはあまり興味を持たない。電卓は上手に使えるが、物理的な全体像をつかむのは苦手であり、そのため計算結果が違っていてもなかなか気づかない。とてつもなく違っていても気づかない。数式を変形してから数値計算する方が近道だ、とか、π2を10で近似できるというと、学生はかえって懐疑的に感じるらしい。"メモ書き計算"の技能は完全に失われてしまった。とはいえ、こういう時代になったのだから、社会の要求に応えるためには教育全体を変革し、新しいエンジニアリング能力を供給していくことが必要だ。

 教育課程についても、教授方法についても、いくつもの工学教育機関で改善が見られるようになった。米国科学財団(NSF) のEngineering Coalition が調査した結果では学生のドロップアウトの減少、教育者の若返り、成功事例を組織的に共有する、などが見られる。一方では依然としてスプートニク時代の教育を学部学生に繰り返している機関も少なくない。自分たちが受けた教育スタイルを単に現在の学生に適用しようとしているのだ。無論、熱心な教員は多くの時間と労力をつぎ込み、成果が認知される望みも無いまま学部教育の変革を試みていることも事実である。しかし大学という組織がもつ目的の優先順位を変えていくには、個人の努力には自ずと限界がある。

 古い教育スタイルでは、21世紀の社会が要請するエンジニアを育てられない。卒業生を受け入れる産業界からは、何度となく指摘されている。指摘に応えたのは ABET であり、成果主義と言われる EC2000 が策定された。教育課程の枝葉末節を評価する時代は終わった。EC2000 では教育機関が自ら設定した目標をどれだけ達成できたかが問われる。これは工学教育での大きな進歩だ。この進歩を受け、National Academy of Engineering (NAE)は教育分野でのイノベーションを表彰するために、権威あるGordon賞を設定し、さらにCenter for the Advancement of Scholarship in Engineering Educationを設立して、教育が継続して向上することを目指している。

 この3部構成の論文では、著者の企業経営における経験、EC2000策定の初期段階への関与、大学での多くの経験に基づいた先進的な提言がなされており、工学教育の変革にむけた重要な寄与である。著者の意見に賛成か反対かを問わず、この論文がすべての関係者による議論に資することを確信している。

 Irene Peden
 ワシントン大学名誉教授

緒言

 この論文はInternational Engineering Consortium (IEC)のExecutive ComForum 2000に源流をたどることができる。その席上、IEC役員であるChris Earnshawが数点の白書を見せてほしいと言ったのだ。それは90年代初期のもので、通信インフラ、教育、それに地球環境の面でIECが変革の推進役を担うというものだ。白書を彼に送る際のレターが、その後の論文Educational and Environmental Initiatives: Some Recollections, Observations, and Recommendationsにつながった。論文は反響と議論を呼び、2001年にはNSFのJanet Rutledgeを通じてバージニア工科大学での講演と、EPAが主催したGreen Engineering 会議での招待講演につながった。この会議の後で米国の工学系教育部門における環境リテラシーのギャップを埋めるための提案作業が始まった。この作業から新たな現状認識が明らかになり、工学教育改革を再び活性化させる運動が始まっただけでなく、教育改革がなぜ必要なのかなど3つの疑問に答える基礎ができた。3つの疑問とは、
  1. 工学教育に"改革"というほどの大規模な変化が必要なのはなぜか、
  2. ある期間にわたって徐々に教育を改良するのでは遅いのか、
  3. 改革にリーダシップが必要なのはなぜか、組織的・系統的改革が、なぜ今必要なのか。
この疑問への答は以下の論文から読み取ることができるが、ここで要約して緒言としよう。真剣かつ緊急に改革へ取り組む必要性がはっきりするだろう。

 第一に21世紀において工学系教育の卒業生に要求される職業的スキルは今までよりもはるかに多い。"伝統的"ともいうべき今までの工学教育でも、技術的側面は充分カバーできたといえよう。しかし、情報伝達能力、職業倫理、プロフェッショナリズム、持続可能な発展、環境問題、チームワーク、品質保証、顧客中心主義、経営手法といった技術領域外の訓練は教育課程にほとんど含まれていなかった。このため卒業生の職業選択範囲が狭められている。優れた学生が学部の1年か2年の段階で工学を捨てて他の領域に移っていったケースも見られる。工学とは人を助け、人間の要望に応える学問だということが伝えられなかったか、教育課程自体に満足できなかったからだ。

 第二に改革はいくつかの授業内容を変えるだけですむものではない。多くの変化が同時に必要とされている。工学に優秀な学生を呼び込み、その学生たちが満足できる教育課程が求められている。大学教職員は率先して教育課程の理想像を作っていく必要がある。

 第三に教育界のリーダたちは相当の時間と労力を改革につぎ込む必要がある。それでもかなりの期間を要するだろう。しかも教職員の中でとくに有能な人材を当てるためには、正当な業績評価と認知とが不可欠であり、それなくしては、労力も努力も他の目的に向けられてしまうだろう。

 ここに述べた意見は以下の本論と並んで産業界の視点に基づくものである。筆者は50年にわたって技術者として働いてきた。そのうち40年は通信業界で製品開発、研究開発、管理に携わってきた。産業界での経験の他に、諮問委員会、コミュニティーカレッジ、大学研究機関、ABET IAC のメンバー、IEEE のEABメンバとして働いてきたことが基礎になっている。学部長や教職員との直接の議論や大学・産業界の合同研究会、そのほかIECが主催する会議などで聞かれた意見も有意義な材料となった。さらに大学への視察で学生と交わした対話や招待講演での反応なども筆者の意見形成に重要であった。

 特にArthur J. Schmittからフーニエ工科大学で受けた教えは、私の思想と職業に大きな影響があった。この論文の参考文献としてあげている中でも、1986年から93年にかけて学生、教員、親を対象とした講演に対する評論から学ぶところが多かった。またここにあげた工学教育に関する多くの論文では Edward W. Ernst (サウスカロライナ大学Distinguished Professor Emeritus)、Ernest L. Boyer (カーネギー財団Advancement of Teaching部門元理事長)を特にあげることができる。しかし、論文中に述べる意見はすべて筆者の責に帰すべきものである。従って筆者の過去あるいは現在所属している団体が、明示的または暗示的に私の意見を支持しているとは限らない。

第一部 地球環境と融合する工学教育へ - 環境パラダイムの現状

アブストラクト

 持続可能な発展は21世紀における経済、環境など社会的視点での重要な命題である。しかしこの命題が工学教育に広く取り入れられるためにはいくつもの障壁を乗り越えなければならない。この論文では環境への考慮、持続可能な発展という視点が工学教育で重要であること、それを教育に取り入れていく必要があること、その変化に対する障壁は何か、について述べる。教育の改革に際してABETが果たすべき役割についても考察する。特にABET の Engineering Criteria は工学教育に環境という視点を組込む上で重要な役割を果たすはずである。本論では改革の進行状況についても述べる。

I. 改革への経過

 工学教育は1980年代中盤から大幅な改革が進められている。80年代には環境問題や持続可能な発展といったことが社会問題となっていたが、それらが教育改革に充分反映されたとは言い難い。「どのような意識調査を見ても、よい環境と強い経済とが望まれていることは明らかである。この2つは決して二者択一ではなく、むしろ双方が他方を補強すると考えられる。産業界、環境保護グループ、それに政府や自治体は互いを糾弾するのではなく、世界に向けて提案ができる持続可能な発展に向けて協力をするべである。(SpethとSmartによる[19])」環境と経済という問題は産業に対して、従って将来の工学教育に対して、大きな影響があることは明らかだ。

 この当時ABETの会長だったEd ErnstはABETにIndustry Advisory Council (IAC)を作ろうと努力していた。ABETが目的を達成するためには、産業界のリーダが積極的に関与する必要があると考えたのだ。さらにABETは評価基準の設定を通して、工学教育に長期的かつ大きな改革をもたらすことができると考えていた。Ernstに限らず、ミシガン大学学長James Duderstadt、MIT学長Charles Vestを始めとして、旧来の第二次大戦以後から続いてきた工学教育モデルに抜本的な改革が叫ばれていたのは第1回ABET IAC が開催された1991年5月頃であった。NSFもこの時期、教育課程の改革に興味を示していた[18]。教育課程を改善する基盤を直接作ったのはやはりABETであり、環境保護や持続可能な発展を教育課程に組み入れる機会を作った。

 ABET IACのメンバーにとって持続可能な発展が経済、環境、社会問題に対して重要課題となることは明らかであり[3][13]、したがって21世紀を担うエンジニアたちがこれらの課題に取り組む能力を持つためには教育課程を根本から変える必要性も当然であった。メンバーの意見は、工学教育におけるパラダイムシフトを提言した書簡としてIACのMike Emery議長からABETのAl Kersich会長に宛てた提出されたことに裏付けられる[7]。書簡では次の世代のエンジニアに必要な能力として、チームワーク能力や、エンジニアリングの社会的影響といった視点、さらに、経済的、財政的、国家的、地球的規模で考える能力、などが要請されている。また「評価基準の原則、理論的背景、手法」についても言及し、これが後にEC2000における指標3、「成果主義と評価」の基礎となった[8][24]。

 ABETの成果主義では持続可能な発展、安全、環境への影響という事項を理解し、推進する能力を卒業生がもつことを要請している。これらの原則を明確に表現するためには細部にわたる規定が必要だが、一方では教育課程を柔軟に編成できることも望まれる。そのバランスをとるために、IACが「評価基準の原則、理論的背景、手法」で述べた環境や理解能力への要請よりも一般化した表現の評価基準になっている。この他にも工学系教育課程の卒業者に期待される能力・特性としてIACは「解決しようとする工学上の課題に対して全体的な考慮をした解決手段を考案する能力」を要請している。"全体的"とは、人間の欲求、文化、歴史、慣習、社会構造、政治、政府、経済、環境など、を考慮する能力と理解される。この中で環境と持続可能な発展についてはABETやASEEの研究会などで、特に重要な課題であることが確認されており、積極的な議論がなされている[21]。

 ところで指標3が現在のような一般化された形になった理由として私は、学生が環境や持続可能性などの項目について実際にどのように学習していくかというケーススタディ、また学習のための組織的な基盤を作っていくことはまさに工学教育課程の編成における具体的仕事であって、ABETの仕事ではないからだと考える。だが具体的な教育課程を作るためには適度な詳細にわたるガイダンスが必要であり、立案過程で表現を一般化する際にその細部が失われたのは残念である。

II. 環境リテラシーの不足

 環境に関する課題や環境面で考慮すべき事項といったいわゆる環境教育は、主に土木、環境、化学工学系の学生が受けてきた。しかしここには2つの問題がある。まず、環境に関する配慮、環境を改善する機会は、これらの領域に限らずすべての工学分野への要請であること、2点目はEC2000が融通性のある解釈を可能にしたため、逆に各工学分野の間で環境に対する意識に差ができてしまうことである。

 EC2000自体はよくできているので、次のように追加すれば環境意識の浸透が遅れている分野へのインセンティブになる。まず「環境について」という語句を指標3(f)に入れ、また「環境負荷について学生実験・卒業研究の中で考慮する」という内容を指標3(h)の書換えまたは指標4の要求項目に追加する。ABETのECは学生が獲得した知識やスキルを指標としているので、この要請を受けて科目を増やす必要はない。教員の創造性をもって既存の科目ごとに「何が最良かという判断基準として環境問題への配慮が重要である」ことを学生に伝え、学生が理解すればよく、それが指標における教育の成果となる。環境考慮は重要であるが、それをECに組み入れていくことは容易ではないだろう。

 このような分野間での環境認識のギャップを埋める努力は今年初頭から始まった。National Council for Science and the Environment (NCSE)、ノースウェスタン大学、バージニア工科大学はこの提案を支持しており、第一部の付記(*)と[25]にあるように学界や産業界の個人からも支持や表明が出されている。改訂に向けたABETの検討作業が行われており、すでにIEEE EAB のAccreditation Policy Councilが総論における支持を表明している。

(*) 訳注:付記はこの翻訳に含まれない。

A. 持続可能な発展の重要性

 持続可能な発展を重要視する意見は数多い。National Science Board (NSB)は「環境科学・環境工学、21世紀に向けて」の序文の冒頭に、「新しい世紀とともに科学と工学がもたらした可能性の中にあって、環境への積極的配慮は、根本的かつ中心的なものになってきた。環境は今までのように研究の背景にあるのではなく、まさに研究対象、知識を獲得すべき対象となってきた」と述べている[14]。さらに「NSFが優先すべき課題として、環境に関する研究・教育・科学的評価」を挙げ、「学生が環境に関する問題意識を持つことを重点とする教育研究を奨励するとともに、あらゆる教育手段による環境問題の解決を充分に支援する必要」があると述べている。過去12年にわたってNAEでは「技術と持続可能な発展」と題した事業を通じて産業エコロジーに関するワークショップを開催し、また多くの出版活動を行っている。どれもが技術と産業の発展、環境に関する視点に焦点を当てたものである[10, 11, 26]。IECの役員であるChris Earnshawが2000年の5月に主催したWorld Telecommunications Congress (WTC)において、世界の通信会社大手13社は通信業界が世界の環境改善に貢献できること、持続可能な発展を促進する方策を共同し奨励していくとを約束した。Earnshaw とBTはこれを「会社経営と持続可能な発展の好ましい循環である」と評した[5]。

 「ビジネスウィーク誌50の企業(BW50)」では2001年のBW50 Master of Innovationと題して、ロッキーマウンテン研究所(RMI)研究担当CEO、Amory B. Lovins とのエネルギー効率に関するインタビュー記事を掲載した[2]。Lovinsは共著「自然資本主義」[12, 27]で、企業の発想は今もって産業革命当時のまま変わっていない、つまり天然資源は無限にあって有限なのは労働力であるという前提のままだと述べている。現在の世界は次の革命の開始期にあり、産業と環境との利害は一致する部分が多くなっていること、環境問題の解決が企業の存続には有利であること、革新的な技術は地球環境の改善だけでなく、企業経営にも有利であることを実例を挙げて説明している。自分の設計が環境に及ぼす影響を正しく理解できる能力を持った卒業生を送り出すこと、それが工学教育に要請されている。

B. 変革への障害を取除く

 このような例にも議論の余地は大いにある。持続可能な発展、持続可能な経営という思想を工学教育課程にどのように、どの程度広く取り込むべきか。このような"取り込み"は製造業の言葉なら製品の改革ということができる。すると教育者はいわばClayton Christensenが述べたような「イノベーションのジレンマ」[4]に直面することになる。21世紀のスキルを身につけた学生は確かに革新的"製品"だが、今日の教育業界では成果として認められていない[20, 25]。従って工学教育機関で行われている人事評価や業績評価にあわない。それどころかABETの評価基準に組み込むことにすら強い抵抗を受けるのである。

 Suren Erkman[9]やJohn Ehrenfeld[6]らも同様の意見を述べている。Erkmanは産業エコロジーの発展を振り返って「産業エコロジーを企業や社会の運営に組み入れる必要がある。エンジニアの教育だけでなく、経済学者、経営者、科学者の教育も重要でなる。もし他分野の人たちが互いに異なる思想を持っていれば衝突が必定である。エコロジーを推進しようとする人は産業のメカニズムを知らない。エンジニアや産業一般の人たちは自然に対してわずかな知識しかなく、エコロジーを敵視したり学問としてのエコロジーに無知である」と述べている[9]。またMITのEhrenfeldはエコロジーに対して大学が果たすべき役割について「産業エコロジーというコンセプトを発展させ、産業構造に組み入れることに大学は中心的役割を担うことができるし、担うべきである」と述べている[6]。そのためには、大学の学部学科間の障壁、利害構造、政治的駆け引きなどを取り除き、関係者すべてとの議論を始めるべきだという。さらに大学の構造自体を、まさに我々が理解しようと努力している自然界、有機的に相互が関連している自然界に、あわせるべきだとも提案している。

 Ehrenfeldらの意見は厳しいようだが、決して新しいものではない。すでに1938年にはウィスコンシン大学工学部でAldo Leopoldが土木工学によるエコロジーへの悪影響について危惧を表明している[15]。Leopoldは環境保護論を主張した環境学者である。彼の特筆すべき講演を引用しよう。「どの職につこうとも、もちろん制約はあるが、民衆がその成果に金を出そうと思える仕事をするべきだ。ところがどの業種も結局は自分だけで動き出すようになってしまう。正面切って民衆に対立するような指導者を作り出してしまう。教育なら、大学の教授たちがそれだ。エンジニアが作り出した道具を民衆が濫用していると嘆いているのではない、誤用に対してエンジニアが批判しないことが問題なのだ。いや、批判はどこかで行われているのかもしれないが、それが一般社会の意識ある人々には届かない。高等教育の世界では工学教育と産業エコロジーは共存できないと思われている。むしろ産業エコロジー的発想を避けようとしていると言ってもいい[16]。」

III. 教育改革の現況

 改革のきっかけはいつも外からやってくる。「環境に対する課題はABET基準のような強制をしない限り工学教育に根付くことはないだろう」、これはAT&T ベル研究所の前副社長でArrayCommの前社長 Karl Martersteckの指摘である[17, 25]。「新しいパラダイムの実現」を謳った1998年のEngineering Foundation Conference (EFC98)において、ABETのEC2000は改革を可能にするだけではなく、改革の原動力となると見なされている[1, 22]。

 持続可能な発展や呼応した産業活動が一般化するまでには時間がかかるだろう。それは積極的に選択した結果かもしれないし、環境の激変による唯一の選択肢だったかもしれない。追込まれる前に積極的な選択をするためには、金融や投資といった業界は環境効率(ecoefficiency)がもつ本来の価値を見いだすべきである。短期ではなく、「長期的な利益の最大化と環境負荷の全般的最小化」がWorld Business Council on Sustainable Development[23, 28]とNatural Capitalism[12]で採用された環境効率の定義である。環境効率に基づいた投資が行われれば、次は環境と経済の教育を受けたエンジニアの出番である。システム思考、環境効率に基づく設計と製造を熟知したエンジニアの需要が高まる。そのエンジニアたちを社会に供給するのは誰か。ここで工学教育は新しいパラダイムが必要になる。環境問題への知識やライフサイクルデザインが必須とされるだろう。

 まずGreen Engineering Programから始めることを提案したい。AAES/ASEEのEngineers Forum for Sustainable DevelopmentやInstitution of Electrical Engineers (IEE)のProfessional Network on Engineering for a Sustainable Futureといった情報源が役に立つはずだ。NSFによる報告書[14]が宣言した環境科学と技術についての役割にNCSEが応えていることは心強い。工学分野の学会の多くでTechnical Activities Committeeが、またAEESP、AAEE がすでにこの分野に貢献している。環境への配慮が工学教育に取り込まれ、エンジニアたちが持続可能な発展のために能力を発揮できる社会にむけて、集積されつつある知識は改革の手がかりとなり、また原動力となるだろう。

IV. 地球環境へ向けての改革

 21世紀が形成されていく今日、急速に変化する産業界や、持続可能な発展といった底流の変貌、産業と環境の関係などについて、工学教育界は理解が足りない。産業界がすでに基盤技術やサービスインフラを持っていること、また産業界は環境と産業活動の関連をすでに理解していることを考えると、教育界が追いつくまでの距離は長い。ABETは教育界からの諮問に応じることで、この距離を縮める立場にある。"常識的"ではあっても、今はまだ"常識が実行される"状態はにはなっていない。環境などの概念が工学教育分野でふさわしい地位を占め、それが価値の基準となったとき、ようやくコンセプトの普及という初期の段階が終わる。次の段階になれば、学生は環境効率に基づくバランスを習得し、環境への配慮とライフサイクルデザインが競争力を生み出すようになる。

 改革は始まったばかりである。

謝辞

 多くの人々、多くの組織から継続的な支持を頂いたことでこの論文が完成しました。組織による支持も、根元は各個人の努力によるものです。多くの皆さん、特に、Bob Barnett, Wayne Bennett, Ted Bickart, Michael Bunch, John Birge, Dave Blockstein, Joe Bordogna, Steve Carr, Dick Carsello, Jerry Cohen, Elizabeth Coles, Mike Emery, Chris Earnshaw, John Ehrenfeld, Ed Ernst, Sam Florman, Bob Frosch, Jim Gibbons, Jack Gibbons, Mike Gorman, Mike Gregg, Abe Haddad, Martin Hellman, Hazel Henderson, Kristin Hill, Bob Janowiak, Ken Laker, Amory Lovins, Karl Martersteck, Jim McKelvey, Curt Meine, Art Moeller, John Pappas, Jim Plummer, Jim Poirot, John Prados, Manijeh Razeghi, Mike Sanio, Bill Schowalter, Tim Trick, Jim Vaughan, Julia Weertman, Jim Wolter 各氏に感謝します。

参考文献

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  2. Amory Lovins, BusinessWeek 50, Masters of Innovation Section, Spring 2001.
  3. Brewer, Garry D., Business and the Environment: A Time for Creative and Constructive Coexistence, The Twenty-fifth Annual William K. McInally Memorial Lecture, School of Business Administration, The University of Michigan, March 31, 1992.
  4. Christensen, Clayton M., The Innovator's Dilemma: When New Technologies Cause Great Firms to Fail, Harvard Business School Press, Boston, MA, 1997. 「イノベーションのジレンマ ― 技術革新が巨大企業を滅ぼすとき」玉田・伊豆原訳、翔泳社 (2001)
  5. Earnshaw, Chris, Digital Futures Report, Digital Futures Conference, London, March 1, 2001.
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  10. Frosch, Robert A., et al, The Bridge, National Academy of Engineering, Vol. 23, No.2, Summer 1993.
  11. Frosch, Robert A., et al, The Bridge, National Academy of Engineering, Vol. 29, No.1, Spring 1999.
  12. Hawken, Paul, Lovins, Amory, and Lovins, L. Hunter, Natural Capitalism: Creating the Next Industrial Revolution, Rocky Mountain Institute, 1999.
  13. Hatch, Henry J., Accepting the Challenge of Sustainable Development, The Bridge, National Academy of Engineering, Washington, DC, Spring 1992.
  14. Kelly, Eamon M., et al, Environmental Science and Engineering for the 21st Century: The Role of the National Science Foundation, National Science Board and National Science Foundation, NSB 00-22, Arlington, VA, February 2000.
  15. Leopold, Aldo, Engineering and Conservation, The River of God and Other Essays, pp 249-254, The University of Wisconsin Press, Madison, WI, 1991.
  16. Leopold, Aldo, The Land Ethic, A Sand County Almanac With Essays on Conservation From Round River, Ballantine Books Edition, September 1970., pp 237-264.「野生のうたが聞こえる」新島訳、講談社(1997)
  17. Martersteck, Karl, Personal Endorsement of a Change to ABET Criteria EC 2000, 私信, January 31, 2002. [25]も参照されたい。.
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  19. Speth, James G. and Smart, S. Bruce, The New Renaissance, Business Week, June 18, 1990.
  20. Splitt, Frank G., The Challenge to Change: On Realizing the New Paradigm for Engineering Education, Journal of Engineering Education, May 2002(投稿済) [25]も参照されたい.
  21. Splitt, Frank G., The Industrial Needs of the Engineer in the 21st Century: An Update, ABET Annual Meeting, San Antonio, TX, Oct. 29, 1992; ASEE, New England Section, 71st Annual Fall Conference, Northeastern University, Boston, MA, Oct. 22, 1993.
  22. Parrish, Edward A., EC 2000: A Driver for Change, Proceedings of the 1998 Engineering Foundation Conference, New York, NY, June 3-6, 1998.
  23. World Business Council for Sustainable Development (WBCSD), Eco-efficient Leadership for Improved Economic and Environmental Performance, WBCSD, Conches-Geneva, Switzerland, 1996.
  24. www.abet.org (ABET re: Engineering Criteria 2000: Criterion 3 Programs Outcomes Assessment) (Accessed 2004)
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  26. www.nap.edu (National Academy Press) (Accessed 2004)
  27. www.natcap.org (Natural Capitalism) (Accessed 2004)
  28. www.wbcsd.org (World Business Council on Sustainable Development) (Accessed 2004)
この論文はInternational Engineering Consortiumで2002年10月に発表されたものである。
この論文はJournal of Engineering Education (JEE、ASEE発行)の2002年10月号に掲載されたものである。

Copyright: Frank G. Splitt and the ASEE

著者およびASEEの許可に基づいて、Fred Okayamaが日本語訳を作成した。(2005)
Japanese translation has been granted by Frank G. Splitt and the ASEE, 2004.