Architectural Digest May2010
建築ダイジェスト 2010年5月号
ジェラード・バトラー
この俳優のマンハッタンにある旧世界ロフトのカーテンを開ける
建築 アレクサンダー・ゴーリン(建築家)
内装デザイン エルヴィス・レステノ
文章 ピーター・ホルドマン
写真 ダーストン・セイラー
俳優のジェラード・バトラーは、建築家のアレクサンダー・ゴーリンと映画デザイナーの
エルヴィス・レステノと共に、マンハッタンの3,300平方フィート [約306.6u]
のロフトを手がけた。以下のページは、ダイニングと居間のエリアである。「我々は、ジェリーの人生に入って来たものを再創造した――彼のヨーロッパ旅行か
らのものやニュー・ヨークの古いコーヒー・ショップから来たものさえも」とレステノは言う。
13フィートのマホガニーの扉には死人を召喚できそうなノッカー。天井のフレスコ画にはガニュメーデース*の誘拐が描かれている。漆喰の壁ははがれ、歳月でまだらになっ
ている。どっしりとした柱は石灰岩の獅子を支えている。クリスタルのシャンデリアが蜘蛛のような影を投げかける・・・中世の城だろうか? 先祖伝来の邸宅
だろうか? ニュー・ヨークの超トレンディなチェルシー地区の中心にある2階建てのロフトを思い描いてみてくれ。扉だけでも実に驚くべきもので、すっかり
飽き飽きしたマンハッタン子の足を止めさせるに足る。「一体誰がここに住んでいるんだ?」
*その美しさを愛した大神ゼウスが鷲になってさらって行き、神々の
給仕としたトロイの美少年。この仕事のために彼には永遠の若さと不死が与えられた。わし座はこのときのゼウスの姿。木星(英語名Jupiterはゼウスの
こと)の衛星ガニメデは彼の名から来ている。
そりゃあ、レオニダス王さ、他に誰がいる? この場所は、持ち主が俳優のジェラード・バトラーだということを考えるともう少し意味をなし始める。そして
ジェラード・バトラーは、スパルタ王やフン族のアッチラ、ドラキュラ、オペラ座の怪人、ベーオウルフなどの並外れた人物たちとチャネリングしていることで
知られている。「優雅で豪華で同時に幾分男性的で荒削りなものが欲しかったんだ」とこの俳優ははっきりと言う。彼のグラスゴー訛りの不明瞭な発音が、いく
らかその描写を増している。「あのアパートメントは、バロックの趣を持った自由奔放な旧世界の田舎の城という風に言えば良いかな。」
数年前、『トゥームレイダー2』でテリー・シェリダンに扮していた頃、ロサンジェルスで部屋を借りていたバトラーは、自分はもっと永続的な住まいに関心が
あると心を決めた。「あのロフトを見、ロンドンのノッティング・ヒルの巨大なアパートメントを見て、どっちかがぼくを破産させるとわかった。でも、
ニュー・ヨークはぼくを魅惑した街だ――クレージーさのど真ん中に家が欲しかった。」工場の倉庫を改造した6階と7階にあるロフトは、エンパイア・ステー
ト・ビルディングを臨むアーチ型の窓を誇っており、更地でおよそ3,300平方フィートある。しかし、その空間は小さな部屋にごたごたと分割されていた。
バトラーの不動産屋は彼を建築家のアレクサンダー・ゴーリンに紹介した。彼はその場所をすっかり取払い、2本の古い支えの梁だけを残し、それから1つ内部
の壁を立てて寝室と、事務所と洗濯室を隠した。「そのアイディアは、オープン・ロフトにして、そこでは何もかも同時に見えるし起きるという事だった」と、
ゴーリンは言う。「それから、プライヴェートな部分を一方に寄せて、窓をみんな開けておけるようにした。」
俳優は何人ものインテリア・デザイナーと会ったが、彼らの「じつに典型的で面白みのない」アイディアに白けてしまった。その時、メイクアップ・アーチスト
の親友が、
エルヴィス・レステノという名の自由気ままでカウボーイ・ブーツを履いたプロダクション・デザイナーを紹介してくれた。バトラーの古いぼろぼろの壁好みを
起点に、二人は時間をかけてそのアパートメントの奇想に富んだ美学を発展させた――正確には4年間。レステノはその見た目を「モダン・ヴィンテージ」と呼
ぶ。「なぜなら、古い建築の特徴を現代の映画式の構造と結びつけているからだ。」つまり、この堂々たる表玄関の扉の内側にはさまれているのは、金属の防火
扉だという意味だ。天井壁画は、プレクシグラスで覆った映画ポスターの用紙に描かれている。古代風の壁は、巧みに彩色して質感を出した漆喰だ。そしていか
にも古ぼけた柱は金網と木でできている。
ロフトの主要部分はダイニングにして、巨大な中世風の木と鉄のテーブルが特徴となっている。居心地のよいリビングは、レンガで縁取った窓を取り巻くように
集められている。発掘されたような見た目のバックスプラッシュ [レ
ンジやカウンタ―背後の壁の汚れ止め板] がついたキッチンは、床材の残りでできている。それと、寺院のような
ホームシアター。バトラーが「ドラマやスリラー、もっと面白いアクション映画の一つ」を映すシアターは、アパートメントの最重要部分で、その最新式のスク
リーンは、一対のインド式柱とブロンクスの大聖堂からの木製のアーチの支柱、古い図書館からの石のライオンの頭でできたプロセニアム
[客席と舞台との区別をするアーチ型の扉口で、幕が全体を覆うようになっている] に縁取られている。「劇場の深紅の幕を付けて、ぐるっ
と覆うつもりだったんだ」とバトラーは明かす。「でも、そこまでやるのはやめにしたよ」
ほとんどの時間を旅に出ている――一番最近は、彼のロマンティック・コメディ『バウンティ・ハンター』とドリーム・ワークスの映画『ヒックとドラゴン』の
プロモーションだ――俳優は、ロンドンにも小さなフラットを持ち、ハリウッド・ヒルにはスペイン風の家を持っている。しかし、彼は可能な限りニュー・ヨー
クに行く――そして、ロフトの2階と隣接するルーフ・テラスを改装する計画を持っている。「あの巨大な扉を開ける度に、ただなんて運がいいんだろうと思う
よ。玄関ホールで周りを取り囲む壁と目の前の巨大なシャンデリアに、頭上のこの美しいフレスコ画――全く独創的な所にいるんだと気がつく」と、彼は言う。
エルヴィス・レステノはそれを別な風に言う。「あそこに軌道があって、小さなプラスティックのヴァイキング船があったら、ディズニーランドのアトラクショ
ンにできるね。ジェリーの所は遊園地の乗り物なのさ、乗り物」
<写真のキャプション> 写真の記号はGB.Net
のスキャンに付いているものです。
*「ぼくはこの地区が好きなんだ――チェルシーの端にあってね。ロフトをぼくが本当に住みたいと思う場所に変えるにはかなりの手間がかかるということはわ
かっていた。でもぼくが一晩を過ごすまでに、それが4年にもなるとは思わなかったよ」とバトラーは言う。(写真d 上)
*話をする場所の一つ。シャンデリアと皮の椅子とオットマンは、ABCカーペット&ホーム。(写真d 下)
*シアター。「ここはロフトで一番くつろぐ場所だよ」とレステノは言う。ソファとオットマンはABCカーペット&ホーム。(写真e)
*キッチンの家具とバックスプラッシュは、床材の残りでできている。(写真g 上)
*アーティストのヨン・デ・パボンとポール・ケンダルが玄関ホールの天井の壁画を描いた。(写真g 左)
*「プロダクション・デザイナーと仕事をしているときは、可能性は無限だ」とレステノは言う。「ジェリーはそれにすっかりはまってしまった。」(写真f)
「ダイニング・エリアには、あつらえたテーブルを選んだ――分厚くて重く、耐久性のものをね」
*読書のためにとってあるエリアの向こうはバトラーのオフィス。廃物利用のマホガニーで縁取ったアーチの脇に床においてあるのは、俳優の2009年の映画
『ゲーマー』のポスター。(写真h 上)
*寝室。「何よりもぼくがアパートメントを使うのは、引きこもって自分の時間を過ごす場所としてなんだ。ニュー・ヨークはすごく熱狂的でクレージーな街だ
から、この場所をただ平和と静けさのために使うのが大好きさ」とバトラー。(写真i)