Men's Vogue
2008年11月号

映画
本物の青

ジェラード・バトラーは人前ではありのままが好きだ。だが、山ほどの剣を浴びせかけたこの男は、ミラノのメンズ・ウエア・ショウでは、なくてはならないネ イヴィー・スーツへの好みを述べた。
テイラー・アントリム記

Men'sVogue<写 真キャプション>
ジェラード・バトラー
ここミラノのフォー・シーズンズで目撃されたバトラーは、20代で弁護士としての教育を受けた。だが、「演技をしたいという遥かなる呼び声が常にあっ た。」
グッチのピンストライプ・ブレザー $1,595、シャツ $350、ズボン $495、そしてネクタイ。gucci.com. ボッテガ・ヴェネッタのスーツケース。(写真:マイケル・コンテ)

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たぶんわたしは見込み違いをしていた。ジェラード・バトラーとわたしが昼食を注文する前に、映画『トレインスポッティング』からのマーク・「レント・ボー イ」・レントンの辛辣なスピーチの引用文を彼に渡した。バトラーは果敢にもそれを声に出して読んだ。「スコットランド人だなんてくそくらえだ。俺たちは最 低の最低なんだ。くそ忌々しいこの世のクズさ。文明の中にひり出された一番惨めで、哀れで、救いようのないカスさ」

これには重大な点があった。期待以上の成果を上げた剣戟大作で、彼をハリウッドのどこからともなく現れたアクション・ヒーローにした『300』の遥か昔、 90年代にバトラーは『トレインスポッティング』の舞台でレントンを演じていたのだ。わたしは、『トレインスポッティング』はポップ・カルチャーの画期的 なできごとで、ストーリーテリングの不気味な明滅する作品だと思っている。レントンのスピーチはハイライトである。

鍵となる事実:バトラーはスコットランド人である。わたしは違う。「スコットランドの人間はスコットランドを罵ってもいいんだ。それは構わないんだ」とバ トラーは言う。「でも他の者がやったら、顔にパンチを食らうよ。」彼は真剣な顔でわたしを見ていた。ペルシャの使節がスパルタ人を侮辱した時の『300』 のシーンを覚えているか? バトラーのレオニダス王はそいつを長々と見つめ、それから底知れぬ穴にそいつを蹴り飛ばした。数秒が過ぎた。ついに俳優は少年 じみていたずらそうににやりとした。かついだのだ。彼は大笑いした。

すぐに冗談をとばしたりおかしな話をするバトラーは、ちょっといたずらっぽい所のある楽しい男だ。(「38歳だけど、24歳みたいに感じるんだ」とわたし に言った。)そのお陰で、彼は昨年の夏、4日間の大々的なメンズ・ファッション・ウィークで、完璧な仲間となった。「ぼくはお洒落な男じゃないよ」と彼は 警告したが、何にでも参加する気があると『メンズ・ヴォーグ』誌に立証し続けた。ランウェイ・ショウ、夜遅いパーティ、選り抜きのネイヴィー・スーツを着 て迷路のようなミラノの街をフォトグラファーたちに追わせまでした。「なあ、ああいうスーツだよ」と彼は今わたしに物欲しそうに言う。

彼の人好きのするところは、『ロックンローラ』にも自然にぴったりと合っている。ガイ・リッチーの最新のロンドンのギャング映画で、『ロック・ストック・ トゥー・スモーキング・バレルズ』や『スナッチ』を与えてくれた監督の流儀に戻っている。リッチーの新作にあるのは、アンサンブル・キャスト;ロシア人の 独裁者とロック・スターと盗まれた絵を巻き込んだ捻ったプロット;派手なアクション・シークェンス;はつらつとした荒っぽいユーモアの風味だ――主にバト ラー演ずるちんぴらワンツー、(『ザ・ワイヤー』のイドリス・エルバ演じる)彼のパートナーのマンブルズのお陰だ。この二人はブルドッグのように見える が、誰かをこずくよりは、パブで楽しんでいるだろう。

『ロックンローラ』の脚本は、バトラーが『300』を終えた直後に届いた。「読んですごく気に入ったんだ」と彼は言う。「『ロック・ストック』を見てみる と――あれはすごくクールで、ヒップで、関わっている誰もが何かしらの小さな徒党を組んでいると思った。人が割って入ったりしないギャングだよ。でも、実 際は全然そんなんじゃなかった。ガイはとても気楽だ。彼がどれほど開けっぴろげかってことに驚いたね」

バトラーは、自分の時間をロサンジェルスと、我々がマンハッタンのソーホー地区で昼食を取った所に近い大きな独り暮らしのロフトに分けている。グラスゴー の郊外で、勤勉なシングル・マザーに育てられたペイズリーからはどちらも遠く離れている。「最上流階級の地域って訳じゃなかった。あそこで生き延びる にはタフじゃなきゃだめなんだ」母親は、ひとかどの者になれと彼を励ました。(「母は、ぼくの人生でほとんどのことに関して推進力なんだ」)そこで彼はグ ラスゴー大学で法律を学び、学位を取り、エジンバラの事務所で働き始めた。弁護士としての資格が取れる1週間前に、彼はクビになった。「実にみごとにやっ たよね。『君はこれには向いていない。君の心はこれにはない』ってね」

その通り。バトラーは(幼い頃にちょっとやった)演技をしたかった。だが、他にも気を逸らすことがあった。「23から26の間かな? まだこの場にいるな んて信じられないね。あの頃の話は200もあるよ。そのどれもがぼくが死体置き場であっけなく終わっていたかもしれないんだ」

「酒のことを言っているけど――」わたしは訊く。

「ああ、どれもそうさ。かなりやばい所にいたんだ」彼は、怒れる若者の古典的な恐怖や、不安、抑うつを語った。「外に出て誰とでも飲んで、てんで気にかけ ず、何も怖いものがないんだ。心の深い所にある不安なんて何一つない。でも次の日起きると、それらがもう少し悪化して存在している。『もうやらないぞ』っ てな奴もいるし、『この前は何が効いたか覚えているぞ』ってのもいるし、『そして、今朝もそれが効くさ!』って奴もいる。そいつはまた大笑いするんだ。 『俺は二日酔い男に成り果ててしまった。成り果てたんだ、選ぶ必要なんてないだろ? もう一回全部やろうじゃないか』ってね」

この所、バトラーは酒もタバコもやらない。昼食に彼は、地中海サラダと[ミネラル・ウォーターの] ペレグリノで満足している。それでも、彼が荒れ狂った過去を語っている時、わたしは不安とむずむずとした満たされない雰囲気を感じた。「あなたは結婚する タイプ?」とわたしは訊いた。

「いつかは結婚したいね」と言い、ちょっと口を閉じた。「これまでを見ると、ぼくは恋愛関係にびっくりするような奴じゃないよ。」ゴシップ紙は、ナオミ・ キャンベル、ロザリオ・ドーソン、キャメロン・ディアスとの噂をたててきた。今だれかと付き合っているのか、訊いた。

「ああ、いい娘だよ・・・ぼくがあんまり成熟していない領域だね」

わたしたちは、だらだらとコーヒーを飲んでいた。レストランは店じまいを始めた。バトラーの次の約束は、監督のラッセ・ハルストレーム(『サイダー・ハ ウス・ルール』『ショコラ』)と可能性のある企画について話し合うことだ。だが、暇つぶしする時間があると、その不安が表に出て来た。多分一緒に山の手に 行 くべきだ、とバトラーは声に出して思いを巡らせた。あるいは、ただソーホーをちょっとうろつき回るか。

酒を止めるのはどれほど大変だったかを訊いた。

「禁煙する方がずっと長くかかった」と彼は言って、にたりとした。禁煙パッチは効かなかったし、催眠術もだめだった。エルサレムの聖墳墓教会で禁煙 を祈りさえした。「もし人類のためにこの男 [キリスト] が 死ぬことができるんだったら、ぼくにできる最小限のことは禁煙することだと思っている」とバトラーは言う。 「本当に神の顕現を得たと感じたんだ。ぼくの周りに光を見たとまで思った。で、その4時間後、マールボロ・レッドの箱を買っていたのさ」あの大きな伝染性 の笑いが またもや現れた。「ばかばかしい。タバコがいるんだ、ってね」

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