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◎◎トム・ジョンソンの音楽◎◎ 1960年代後半、ジョン・ケージを始めとするいわゆるニューヨーク・スクールの後を受けて、反復を基調としたミニマル・ミュージックの潮流がスティーヴ・ライヒ、テリー・ライリー、フィリップ・グラス、ラ・モンテ・ヤングらの手によって始まった。初期にはプロセス・ミュージックという呼称も用いられたことから分かるように、音楽が生み出されていくプロセスを聞かせる理知的な側面を持ち、また美術におけるミニマル・アート、ドナルド・ジャッドやソル・ルウィットの形態の反復と並行関係を持っていた。特にフィリップ・グラスの初期作品はこの傾向が大変強い。しかしミニマル・ミュージックはその後、反復によるドラマティックは効果を狙うか、その催眠的効果から神秘主義的な方向に進むか、大きく2極化して進展していくことになる。
TILEWORK FOR DOUBLE BASS (2003) TILEWORK はジョンソンが近年取り組んでいるシリーズで2002年から始められ、現在16のソロ楽器と弦楽四重奏1曲の17曲が作曲されている。曲名のTILEWORKは幾何学における平面充填、すなわち平面内を多角形で隙間なく埋め尽くす操作を表す。ここでは異なるパターンを時間軸上に重なることなく配置するすべての組み合わせを提示するカノンとして作曲されている。パリIRCAMでの数学的音楽理論を探求する数学者グループとの共同作業で方法が確立され、その成果は論文"Some Observations on Tiling Problems"として発表されている
FAILING, A VERY DIFFICULT PIECE FOR SOLO STRING BASS (1975) ジョンソン初期の作品で、恐らく世界中で最も演奏されている作品。ジョンソンにおけるテキストの扱い方が最も極端なコンセプトで現れている。テキストが音楽について語るだけでなく、主に演奏とその失敗をめぐりつつ、作曲とは何か、聴取とは何か、を音楽は語り続ける。失敗することなく演奏が成功しないという奇妙なジレンマに端的にあらわれているように、それが決して難解ぶることなくユーモアを持ってほとんどコメディのようにおこなわれるところにジョンソンの卓越がある。
RATIONAL MELODIES (1982) から 1, 2, 3, 5, 16, 8, 17, 15(演奏順) 「理性的メロディー」のタイトル通り、理性的に構築された21のメロディー集。楽器も音域も指定されていない。もっぱら感性と主観に結びつけて考えられてきたメロディーを知性と客観のものとして構築する。特定のアルゴリムをスケールにあてはめることで自動的に生成される旋律が続き、ジョンソンの作曲技法のカタログの感もある。調性的な響きを聞き取るかもしれないが、スケール自体が2つの音程の積み重ねによって論理的に作られたものである。アルゴリズムは漸次増減、順列置換を基本とするが、自己相似形の反復に大きな特徴がある(2, 8, 15)。またメロディーとリズムを異なる周期で反復する、中世ヨーロッパ音楽のイソリズムの技法なども使われる(1, 17)。譜面上はあくまで単旋律であるが、技法的には重複しない複数声部を重ねたものになっている曲もある(16, 15)。
MUSIC AND QUESTIONS (1988) 5音半音階の不特定楽器と声のための作品。5つの音符の順列組み合わせは5!=120。120のメロディーに質問が組み合わされる。質問にも順列の要素が見られる。ジョンソンは自身もパフォーマーとして特定の自作品の演奏を手がけるが、これは自作振り子楽器による「ガリレオ」とならんで近年の主要レパートリーになっている。ジョンソン自身の演奏では切り込みを入れた5つの防犯ベルが叩かれるが、本公演では別の趣向で。
SELF-PORTRAIT (1983) 作曲に関するメタ音楽。ひとりのパフォーマーと2から10人の不特定楽器奏者のための作品。タイトルの「自画像」という言葉に端的に表れ、またパフォーマーは男性であることを推奨されているように、この作品はトム・ジョンソンと彼の作曲技法を主題としたパフォーマンス作品である。実際に聞かれるのは、ジョンソンの音楽以外の何物でもないのだが、それを作曲行為全般に敷衍することも可能であろう。「FAILING」に見られるメタ論理と、「RATIONAL MELODIES」における数学的方法が統合された作品になっているだけでなく、ジョンソンの作曲技法を視覚的に理解するパフォーマンスにもなっている。
123Part III (2002) 多人数の「スピーキング・コーラス」のための、音程を伴わない数字による作品。各3楽章からなる3つのパートに分かれた作品の第3パートを上演。ジョンソンには数字を読み上げる作品が多いが、これは1から3の3つの数だけに限定されている。上演される場所の言葉で発音されるのが原則であるから、その都度、響きはまったく違ったものになる。第1楽章は10声部による重複のないカノン。第2楽章は5声部によるが、5種類の声部と音価の組み合わせの配列によるモノフォニー。第3楽章は8声部による声部の漸次増加、4拍子のリズムと3拍子のカウントのポリリズムを基本とする。 |