足立智美による解説

随時更新!

 
   


  この解説にはトム・ジョンソンの音楽の歴史的な位置づけと特徴、本日演奏される個々の曲目についての背景や簡単な分析が書かれている。後で詳述するようにジョンソンの音楽は極めて知的なものであり、論理的、数学的な分析に馴染みやすい。しかしながらジョンソンはそれらの論理を必ずしも聴衆(または演奏家すら)が知的に理解することを必要とは考えていない。ジョンソンは音楽を聞くことでそこに使われる論理や数学を別のやり方で理解することができると述べている。いくつかの作品は作品自体の解説含んでいるし、決して音楽以上の解説が必要な音楽ではない。したがってこれから書くことはより「知的な」理解を望む人へのガイドである。

 

◎◎トム・ジョンソンの音楽◎◎

  1960年代後半、ジョン・ケージを始めとするいわゆるニューヨーク・スクールの後を受けて、反復を基調としたミニマル・ミュージックの潮流がスティーヴ・ライヒ、テリー・ライリー、フィリップ・グラス、ラ・モンテ・ヤングらの手によって始まった。初期にはプロセス・ミュージックという呼称も用いられたことから分かるように、音楽が生み出されていくプロセスを聞かせる理知的な側面を持ち、また美術におけるミニマル・アート、ドナルド・ジャッドやソル・ルウィットの形態の反復と並行関係を持っていた。特にフィリップ・グラスの初期作品はこの傾向が大変強い。しかしミニマル・ミュージックはその後、反復によるドラマティックは効果を狙うか、その催眠的効果から神秘主義的な方向に進むか、大きく2極化して進展していくことになる。

  そのような中でミニマル・ミュージックの理知的な側面だけに着目して音楽を発展させてきたのがトム・ジョンソンである。ミニマリストを自称する極めて希な作曲家の1人である彼の音楽は徹底的に頭脳に働きかける音楽である。しかしいわゆる難解なヨーロッパの前衛音楽、トータル・セリエリズムから新複雑性にいたる流れとは異なっている。数理的操作を基本におくという意味で共通するものの、ジョンソンの音楽の決定的なユニークさはその知的なプロセスが聴衆にも容易に理解できるという点にある。別の言い方をすれば彼の音楽において、理論と作曲と聴取による実践は完全に一致している。その単純さが容易な理解を軽蔑するアカデミズムに彼の音楽が非難される所以でもある。彼の作曲の重点は、音の配置とそれがどう知覚されるか、というところに置かれ、音の響きそのものにはない。ジョンソンはそこで素材を限定することに向かわず、結果的に彼の音楽は調性、無調性を問わないどころか、テキストや視覚的要素を含んださまざまな表象を含んでおり、極端な例としては見るための楽譜として完成され演奏されない作品もある。多くの楽曲は楽器の指定もなく移調も自由である。極めつけは数字を音として扱った楽曲であり、何語で発声されるかで響きもリズムも違ってしまう。にも関わらず、知覚されるプロセスは同一なのである。また実際の演奏では非常に多くの要素が演奏者に委ねられることになるが、決してニュートラルな演奏が求められるわけではなく、また理論を理論として理解させるために演奏があるわけでもない。

  このように多彩な現れかたをするジョンソンの音楽であるが、大別すれば2つの傾向に分けることが出来る。1つは漸次増減や順列組み合わせなど数学的操作によって、音を配置した作品。限られた音列を置換し可能な順列をすべて提示するのはジョンソンの代表的なスタイルといえる。またメルセンヌ数やフィボナッチ数のような初歩的で簡単に理解できる数学が使われる。あるいは振り子の原理のような物理法則が使われることもあり、その場合、観客は視覚的にプロセスを理解する。出てくる音はそのプロセスの結果に過ぎないが、多くの場合その音からプロセスを理解するので音が不要だとはいえない。もう1つはテキストによって音楽を対象化していくプロセスを見せる作品。音楽についてテキストが語り、時にテキストがテキストについて語り、まれに音楽がテキストについて語ることもある。自己言及性が迷宮のように設定され、次々とメタ化されていく。またそのプロセスに観客自体が巻き込まれていく作品もある。その種の作品では数学的操作だけによる作品よりも視覚的要素を含め多くの素材が使われる傾向がある。この方向性の発展系としてジョンソンの作曲に大きなウェイトを占めるオペラがある。

  実際にはこの2つの傾向は分かちがたく結びついているものが多く、数学的プロセスを理解する補助としてテキストが用いられたり、テキストも数学的に構成される場合もある。ジョンソンの音楽の決定的なオリジナリティが現れるのは数学的操作による音楽だと思われるが、それらはディスクによる聴取が可能であるため、今日のプログラムではテキストを伴う、そして視覚的要素を含む作品にやや重点を置いて取り上げている。このプログラムではトータルにジョンソンの音楽の数学的要素とメタ音楽の論理、そしてその2つの側面がより高次の自己言及性で統合されているさまをお聞かせしたい。

 

TILEWORK FOR DOUBLE BASS (2003)

    TILEWORK はジョンソンが近年取り組んでいるシリーズで2002年から始められ、現在16のソロ楽器と弦楽四重奏1曲の17曲が作曲されている。曲名のTILEWORKは幾何学における平面充填、すなわち平面内を多角形で隙間なく埋め尽くす操作を表す。ここでは異なるパターンを時間軸上に重なることなく配置するすべての組み合わせを提示するカノンとして作曲されている。パリIRCAMでの数学的音楽理論を探求する数学者グループとの共同作業で方法が確立され、その成果は論文"Some Observations on Tiling Problems"として発表されている
http://www.ircam.fr/equipes/repmus/mamux/documents2002-2003/TomTiling.PDF
コントラバスによるTILEWORKは3つの素材によってパターンが提示され、同一音色で演奏される他の曲にくらべて、プロセスがより理解しやすい。

 

FAILING, A VERY DIFFICULT PIECE FOR SOLO STRING BASS (1975) 

   ジョンソン初期の作品で、恐らく世界中で最も演奏されている作品。ジョンソンにおけるテキストの扱い方が最も極端なコンセプトで現れている。テキストが音楽について語るだけでなく、主に演奏とその失敗をめぐりつつ、作曲とは何か、聴取とは何か、を音楽は語り続ける。失敗することなく演奏が成功しないという奇妙なジレンマに端的にあらわれているように、それが決して難解ぶることなくユーモアを持ってほとんどコメディのようにおこなわれるところにジョンソンの卓越がある。

 

RATIONAL MELODIES (1982)  から 1, 2, 3, 5, 16, 8, 17, 15(演奏順)

   「理性的メロディー」のタイトル通り、理性的に構築された21のメロディー集。楽器も音域も指定されていない。もっぱら感性と主観に結びつけて考えられてきたメロディーを知性と客観のものとして構築する。特定のアルゴリムをスケールにあてはめることで自動的に生成される旋律が続き、ジョンソンの作曲技法のカタログの感もある。調性的な響きを聞き取るかもしれないが、スケール自体が2つの音程の積み重ねによって論理的に作られたものである。アルゴリズムは漸次増減、順列置換を基本とするが、自己相似形の反復に大きな特徴がある(2, 8, 15)。またメロディーとリズムを異なる周期で反復する、中世ヨーロッパ音楽のイソリズムの技法なども使われる(1, 17)。譜面上はあくまで単旋律であるが、技法的には重複しない複数声部を重ねたものになっている曲もある(16, 15)。

 

MUSIC AND QUESTIONS (1988) 

   5音半音階の不特定楽器と声のための作品。5つの音符の順列組み合わせは5!=120。120のメロディーに質問が組み合わされる。質問にも順列の要素が見られる。ジョンソンは自身もパフォーマーとして特定の自作品の演奏を手がけるが、これは自作振り子楽器による「ガリレオ」とならんで近年の主要レパートリーになっている。ジョンソン自身の演奏では切り込みを入れた5つの防犯ベルが叩かれるが、本公演では別の趣向で。

 

SELF-PORTRAIT (1983) 

   作曲に関するメタ音楽。ひとりのパフォーマーと2から10人の不特定楽器奏者のための作品。タイトルの「自画像」という言葉に端的に表れ、またパフォーマーは男性であることを推奨されているように、この作品はトム・ジョンソンと彼の作曲技法を主題としたパフォーマンス作品である。実際に聞かれるのは、ジョンソンの音楽以外の何物でもないのだが、それを作曲行為全般に敷衍することも可能であろう。「FAILING」に見られるメタ論理と、「RATIONAL MELODIES」における数学的方法が統合された作品になっているだけでなく、ジョンソンの作曲技法を視覚的に理解するパフォーマンスにもなっている。

 

123Part III  (2002) 

   多人数の「スピーキング・コーラス」のための、音程を伴わない数字による作品。各3楽章からなる3つのパートに分かれた作品の第3パートを上演。ジョンソンには数字を読み上げる作品が多いが、これは1から3の3つの数だけに限定されている。上演される場所の言葉で発音されるのが原則であるから、その都度、響きはまったく違ったものになる。第1楽章は10声部による重複のないカノン。第2楽章は5声部によるが、5種類の声部と音価の組み合わせの配列によるモノフォニー。第3楽章は8声部による声部の漸次増加、4拍子のリズムと3拍子のカウントのポリリズムを基本とする。