アエロフロート

古いワープロ文書から見つけたもの。日付がないが、1980年代前半の取材旅行の記録である。当時の、体制の異なる国の事情が分かっておもしろい。

 

安いアエロフロート利用にはそれなりの準備が必要だ

 アエロフロート・ソ連航空はチケット代が安いことで人気があるが、当然のことながら高いチケットと同じというわけにはいかない。安かろう悪かろうは世のならいである。始めから楽しいヒコーキの旅など期待しないことだ。特にモスクワ一泊便はそうである。 まずヒコーキがせまい。これは航続距離の長い広胴の機体が無いのだから仕方がない。次にアルコールが自由に飲めない。飲みたければボトルを買って自分で飲るしかない。そして覚悟と準備のいるのがモスクワ一泊便である。

 モスクワの、とてつもなく大きく立派な空港ビルはガランとして静まりかえっている。やたらに大勢いて目立つのは目付きの鋭い警備の兵隊たちで、彼らの監視のもとまずパスポートを入念にチェックされる。かつては取り上げられたらしい。逃げることはできないのだ。一泊組が無事全員通過したところで、バスで近くの専用ホテルに送り込まれる。見渡すかぎり原野のまっただ中である。

 一般客とは隔離され、ゆきとどいた監視のもと1部屋2名に部屋割りされる。相棒がどこの誰になるかはわからない。広い食堂で、欠けた食器で粗末な食事が供される。スープやコーヒーはぬるいが、国家公務員である係員にとって、きめられた数を出すことがノルマであって欠けているとかぬるいとかは埒外なのであろう。アルコールの注文は受け付けられないが、売店が開いていれば買ってきて飲むことは可能だ。

 問題はその後で、夏でも寒いのである。預けた荷物は空港だからたいていの人は着たきり雀、夏の服装では寝ることもできない。一泊することはあらかじめ決まっているのだから、手荷物にはそれなりの準備をして行くべきである。たまたま同室の人が旅慣れていて即席暖房を入れてくれた。浴室を開け湯を出しっぱなしにするのである。茶色に濁っていてとても入る気にはなれないが、「温水暖房」の効果はいくらかあるようであった。もっともこの方式が流行するとたちまち出なくなるに違いないが。

 一夜明ければ再び機上の人となって目的地に到着、ようやく開放されるのである。

 さて帰りの便は、搭乗3日前までに予約再確認をすることになっている。そして日本出発前に、連絡すべき現地事務所の電話番号のプリントが渡される。ところが驚く勿れこの番号が間違っているのだ。使われていない番号で、他人に迷惑を掛けない配慮もあらかじめなされているが、とにかく万難を廃して再確認をしないと予約は取り消され、予定の便には乗れないのである。空港のアエロフロート事務所には、再確認できなかった人達が数人つめ寄っていたが、蝋人形のようなKGB風制服氏は、色素の足りない目で冷たくつっぱねニベもない。

 幸い搭乗できる人は直ちにオミヤゲを用意しよう。モスクワでの買い物を期待してはならない。なぜなら空港の売店は5時で閉店してしまい、それ以後に到着の乗り継ぎ便ではサービス皆無、買い物はできないのだ。ヒコーキにもオミヤゲは積み込まれているが、特にキャビアはすぐになくなる。文句をいったら、自分用だけれどといいながら1個を持ってきた。客に売る前にスチュワーデスがくすねるらしい。

 いろいろ問題はあるが、とにかく安いし目的地によっては速いのだから、対処のしかたを考えたうえで利用するのがいいだろう。 社会/共産主義の素晴らしさをつぶさに体験できるのだから応えられない。健闘を祈る!

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