オーストリア/イタリアチロルの鉄道

  インスブルックを中心とするチロル地方は、ウィーンなどとは違った、人を落ち着かせ、やわらかく包み込んでくれるような雰囲気を持っている。しかしその平和に見える中に、実は波乱に富んだ歴史を抱えてもいるのだ。

  1363年までチロルの首都はチロル伯の住むメランにあり、今もチロル城が残っている。その後首都はインスブルックに移され発展を遂げるが、1918年、第1次世界大戦に敗北したオーストリアハンガリー帝国は解体され、チロルのうちの、メランを含むアルプスの尾根の南側はイタリア王国に割譲されてしまった。その結果イタリア領となった部分を南チロル、オーストリアに残った北側を北チロル、南チロルによって分断されて東側に残る、飛び地のような部分を東チロルと呼ぶようになった。

  南チロルのドイツ語系住民は迫害を受け続け、他方では叛乱を繰り返してきたが、今は住人の権利を認め、公用語もドイツ語、イタリア語併用とするなどの配慮によって平和を保っている。旧チロルのイタリアへの割譲部分が現トレンティーノ自治州で、トレンティーノの北半分はボルツァーノ自治県、南半分がトレント自治県と区分けされているが、特にボルツァーノ自治県では、今もドイツ語系住民が9割を占めているそうで、チロル色が強い。

  鉄道路線は、当然のこととしてイタリア圏内ではイタリア国鉄(FS)となって、北チロルのインスブルックと東チロルのリエンツ間はFS経由とならざるを得ない。他方インスブルックから北に向かう線は、一旦ドイツのガルミッシュパルテンキルヒェンを経由してから再びオーストリアに戻り、再度ドイツへ出て行くという複雑な経路をたどるが、地形に逆らわなければこうなるのである。

  インスブルックを通る東西の幹線、ランデック、クーフシュタイン間は終始イン川沿い、つまり低地はこの周辺だけにしかなく、両側はアルプスの山々なのだ。インスブルックという地名もイン川に掛かる橋を意味している。西のランデックからは標高を上げ、ザンクトアントンはスキーリゾートとして著名。延長10.25km、標高1303mのアールベルクトンネルで峠を抜ける。

  他方、クーフシュタインから先もドイツ国内でイン川に沿ったあと、向きを変えて再度国境を越え、サルツブルクに着く。これが幹線である。国内で賄うためにはヴェルグルで分岐して勾配に挑み、著名なスキー基地キッツビュールを経たあげく大回りしてサルツブルクに達するが、こちらは時間もかかり、ローカル線となってしまう。以上の3箇所、他国を経由しなければ自国の鉄道がつながらないという面白い地域ではある。

  かつての首都メランへはFSの幹線で南下し、ボーツェンで支線に乗り換えた終点がメランである。この先マールスまでは休止線となっていたが、ドロミテ交通(SAD)のフィンシュガウ線として2005年に復活した。帝国の時代にはマールス、ナウダース、ランデックを結ぶ路線も計画されたことがあった。

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典型的なチロルの風景の中、チューリヒ、ウィーンを結ぶEC列車

チロルの中心、
インスブルック中央駅

ランデック近く、トリサンナ橋梁でイン川とは別れを告げる

ザンクトアントンの先は延長10.25kmの
アールベルク・トンネル、
標高は1303mの高地

インスブルックから北へ向かうカールヴェンデル線は
最大36.5‰の急勾配で標高を上げる

標高1198mのゼーフェルトは有数のリゾート地、観光馬車が待っている

ブレンナー駅のこちらオーストリア、
あちらイタリアの標識、標高1371m

ブレンナー峠へ南下する途中、
ザンクトヨードックのオメガ線を往く

南チロルではイタリアのELに牽かれるオーストリアの列車

東チロルのリエンツ市街

ボーツェンで、寄り添ってきたイザルコ川を渡る

インスブルック市街、背後はノルトケッテの山々

インスブルックの
チロル・ローカル鉄道博物館

新婚お披露目の貸切り旧型市電

インスブルックのシュトバイタール線、軌間1m、3kV直流、
この辺りの標高は1000m

シュトバイタール線で、1904年から1983年まで使われた
旧型2.5kV、42.5Hzの交流電車

イェンバッハ駅のアヘンゼー鉄道1889年製のSL。
軌間1m、最大勾配160‰リゲンバッハ式

嬉しそうな満杯の乗客を運び上げる

終着アヘン湖畔、海抜930m、
遊覧船が待っている

ツィラータール鉄道は、イェンバッハ駅から南に広がるツィラータールを、
標高627mのマイヤーホーフェンまでの31.7km。
軌間760mmの非電化線で、ディーゼルが主体

この鉄道最大の大型SL、かつては領土
だったサラエヴォで使われていたもの

ツィラータール鉄道の華、観光客満載、
長大編成のSL列車

標準軌の貨車も台車の乗って乗り入れ

アマチュア運転も可能な、貸切りの蒸気ホビー列車

運転台はマスコンとハンドブレーキだけ

ボーツェン北側の標高1000mを越える山地に、延長6.6kmの
リットナー鉄道が現役。元来はボーツェンとつながっていて、
標高差を稼ぐために途中の勾配をラック区間とし、ELで押し上げて
いたが、1964年の転落事故で勾配部分を廃止、山間の孤島
となってしまった。今はロープウェイが連絡している。
電車は1908年製など、軌間1m

車庫には押し上げ機関車が残る。別の1両が
チロル・ローカル鉄道博物館にも保存されている

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© 2007 Mayumi Cho