| アイ・アム・レジェント |
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2012年、癌の特効薬が異変をおこし服用した人類が死滅してしまった地球でたった1人、有能な科学者のロバート・ネビルだけが生き残る。彼は究極の孤独と闘いながら、愛犬サムとともにほかの生存者の存在を信じて無線で交信を続ける。太陽の光が消え去ると、いっせいにうごめき出す不気味な影“ダーク・シーカーズ”の脅威と闘いながら、途切れそうになる希望をたぐり続ける日々だったが・・。
不朽の名作であるSF小説「地球最後の男」をもとにした3度目の映画化。 フランシス・ローレンス監督作 ■ガオのお値段 地球最後の男と言いながら、結構生き残っているじゃん(笑) 確かに、健康そうな人間はウィル・スミスしゃま演じる ネビルだけなのだけれどウィルスに感染し 病にかかりダーク・シーカーズ化になってしまった人達も 一応、それぞれの人生があり人間だったんだよぅ!可哀相に・・と、 思うので、出来れば彼らの哀しみを もう少し描いてもいいのになぁと思いつつ 廃墟と化したニューヨークの映像は、なかなか迫力。 これが、身近な街だともっとショックなのかもなぁ。 ってか、やっぱなんと言ってもサムだよなぁ。 もぉ、とっておきのベーコンだったんだよぅ(涙) 何があるかわかんないんだから ベーコンがあるなら、嫌がる野菜ばかり食わせないで ベーコン食わせておけばよかったと 一緒に膝を抱えて眠っていたバスタブで しみじみと泣くウィル・スミスしゃんにアタシももらい泣き ・・って、泣いたのが、そこかよ(笑) いやぁ、でも、本当にサムには泣かされました。 サムの最後にネビルが抱きしめて歌ってあげるとこも ベタだけれど、涙ボロボロ出てきて困る。 それにネビル演じるウィル・スミスさんも 出ずっぱりの独り演技で、頑張ったよなぁ。 思えば、この映画で言っていることは、今も そして昔も問題になった薬害被害の問題と同じことですよね。 薬を開発する、または、それを知らぬ間に服用させられる。 そして、薬害が広がり多くの人が体が蝕まれ命をとられる。 そういう意味では、フィクションのようでフィクションじゃない。 まぁ、ラストのナレーションは自己犠牲の ヒーローのようにしてしまって、なんだかシラけるし、 出来れば希望なんてなくて悲劇で終ってほしかったけど 最後まで飽きなかったことは確か。映画館から1歩出たら 残らないかもしれないけれど、それでも映画代分は充分楽しめました。 とにかく、サムを演じたワンコに脱帽だわん この映画のお値段¥1800 ■べんのお値段 2時間よくもったなぁ〜 というほど、単純なストーリー でも、このハラハラドキドキが 2時間持続するのがスゴイ!! 最初から最後まで、五感に訴えかけて 一気に観せきってしまう監督の 演出力には、やられた そしてなにより、全編ほぼ一人きりの 芝居に没頭する、ウィル・スミスの魅力にやられた ゆえに、ウィル・スミスに感情移入できるかどうかが、 この映画を楽しめるかどうかのポイント できないと、まったく楽しめない映画に なっちゃう危険もあるからね(笑) 予告編の印象とはちがって、「バイオハザード」的な 方向に行ってしまうのには驚いたし、 ラストも、ちょっと甘すぎない?とは思うが 「やられた・・・・ウィル・スミスに(涙目)」 織田ユウジ・世界陸上より〜的・・・な感じ この映画のお値段¥1640 |
| 椿三十郎 |
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深夜の社殿の中で井坂伊織ら9人の侍が上役の汚職を暴き出そうと密談していた。意気が上がる若侍たちの前に社殿の奥から1人の浪人が現れた。粗末な身なりに口も悪く腹が減っていると見える。しかし、話を聞くうちに井坂は浪人に類のない頭の切れを感じ仲間に加わって欲しいと頼む。反対する侍もいたが井坂は三十郎と名乗るその素浪人にえもいわれぬ魅力を感じていた。そして・・。黒澤明 監督の名作『椿三十郎』を、森田芳光 監督がリメイク。 森田芳光 監督作 ■ガオのお値段 やっぱりさ、映画ファンとしては、あの黒澤監督が 三船さんのために菊島さんたちと原作の「日日平安」を 大幅に変更して書いた台本を、リメイクにそのまま使うと言われると 気になって、うっかり観に行ってしまうじゃないの(汗) なので、行ってしまいましたよ。もちろん最初は 視線は厳しいわよ、覚悟しておきなさいよ、森田監督!って 感じで行きましたよ。・・でも、映画が始って映像を観た瞬間、 あまりの画面のしょぼさにぶっ飛びました(汗) いやぁ・・・やはり黒澤さんの時代は金あったよなぁ(笑) それとも、今の日本映画人は画面作りが下手なだけなのかなぁ? でもさぁ、森田監督、『それから』とか素敵だったけれどなぁ・・って アレコレ思っていたらば、なんか、逆に厳しい視線を排除して ただありのままを観つめてみたんだけれど・・・・ やっぱり禁断の果実に軽薄に手を出してしまったな・・と思うですよ。 脚本は良く出来ているのだから話は面白いはずです。 けど、なんかね、切なかったです。 結局、同じ事をしているだけだもんね。 同じ事をして映画作って何が楽しいのかなぁ? 唯一違ったのは最後のあの有名な場面だけ?(苦笑) つぅか、やっぱ主役の三十郎の織田さんは気の毒というか(滝汗) だってなんかね、三船さん演じる三十郎は威圧感はあるものの どこか温かみがあって、その雰囲気が映画からも 伝わってくるので彼がぶっきら棒な言葉をはいても あぁ、照れくさいんだなってのが伝わってくるのだけれど 織田さんが同じ台詞をはくと、ほんとうに人を 見下しているように聞こえちゃうのね、彼の持っている空気感が 良い意味でも悪い意味でも、すごく軽いからさ。 なので、こんな人になぜ、若侍がついて行こうとするのか 説得力がないので、むしろ、織田さんの軽さを利用して 普段はヘラヘラしていて信用できないんだけれどいざとなると 頭と腕は良い、なかなか・・みたいな織田さん使用の脚本に 書きかえてリメイクした方が面白かったのでは?と思うガオです。 何度も言うけれど、あの脚本は、三船さんのために 書かれた脚本。それを他のどんな人が演じても無理。 それに、オリジナルと同じことをするのなら、 誰も手を出すことが出来なかった 禁断の果実に挑む意味がないじゃない。 むしろ、俺はこういう風にやりたかったんだ!と オリジナルをぶち壊すくらいの勇気が欲しかった。 それが出来ないのなら、自惚れて軽薄に手を出してはいけないよ。 あぁ、恐ろしい体験をしてしまったわ・・ なんかある意味どんな恐怖映画よりも恐かったです(汗笑) だって映画館って逃げ場ないし、消去して無かったことに出来ないし(苦) まったく「あぶねぇ、あぶねぇだせ」・・・(笑) この映画のお値段・・(というより久々の『の・ようなもの』志ん魚(伊藤さん)登場に・謎笑) ¥30 ■べんのお値段 いやぁ〜 黒澤作品のリメーク、よくぞ手を出しましたなぁ〜 しかも、「椿 三十郎」!! 勇気あるなぁ〜ッ! 演じている役者さんたちのプレッシャーも相当なモノのようで、 その緊張感が伝わってきます 若手、中堅、ベテラン問わず、みんながこの作品をリスペクトし、 その再現と、自分らしさとのバランスに苦心している様が、 手に取るように伝わってきます しかし!! このプレッシャーから唯一開放されてる人間がいた! それこそ、誰あろう本作の主役 織田 "な〜にやってンだよ、タメぇ〜ッ!!" 裕二である!! 三船敏郎とは、決して比較しないようにして見ようと決意していた しかし、なんだこの中途半端な、ナメた役作りはッ!! いくら豪快に、豪胆に見せようしても、所詮アナタは青島だ!! ・・・っていうか、モロに芝居・青島じゃん!! 「なんでぇい!!」なんて吠えてみせても、スベりまくり・・・ その勘違いぶりは、作品そのものの仕上がりにまで 影響を与えてしまうほどの激しさ だったら、なぜオリジナルの脚本を、まんま使ったの?? 織田版・チャラ男・三十郎にしちゃえばよかったじゃん!! むしろフジテレビ製作ならよかったのに?! そう考えると、つくづく"三十郎"という作品は、ミフネという 人間があってこそ、成立した作品なのだと痛感します これはもう織田裕二の責任ではない 彼は、彼なりにミフネ三十郎と戦い、チャレンジしたのでしょう その方向性が間違っていたとしても・・・ そして、そんな事どうでもよくなっちゃうほどの、 この映画最大の欠点・・・・ それは、コメディーなのに、ひとつも笑えないって点だ〜ッ!! 主役の演技にしか笑う所がないってどういうことだぁ〜〜ッ!! (・・・しかも失笑) こんなことなら、リメイクなんてしなきゃヨカッタんじゃないの? 唯一の救いは、織田裕二の唄で、 エンディングに主題歌が流れなかったことだ!! この映画のお値段¥20銭 |
| いのちの食べかた |
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牛肉、卵、果物といった、食卓に当たり前のように並ぶ食材。その生産の場である食肉処理場、養鶏場、果樹園はオートメーション化され、衛生的でおいしそうな製品を作ろうと膨大な手間がかけられていた・・。
これまでにチェルノブイリ原発や、世界中の未開の文明を取材した作品など、作家性の強いTVや映画のドキュメンタリーを中心に製作してきたニコラウス・ゲイハルター監督の初の日本公開作品。世界中の人の食を担うため、野菜や果物だけでなく、家畜や魚でさえも大規模な機械化によって生産・管理せざるをえない現代社会の実情を、ナレーションや解説を入れずに淡々と映し出す。各国の映画賞に輝く異色のドキュメンタリー。 ニコラウス・ゲイハルター 監督作 ■ガオのお値段 知っていた。確かに食べることは命を殺すことと。 そして、それを思って毎日何かを食べていた。 実際、アタシは、生きるために 何かを殺し食べることは 他の動物もやっていることだから お洒落のために毛皮を着ることとはワケが違うと どこかで「食」に対することに大らかな思いでいたのかもしれない。 そう、どこかで自分にエスケープを作り、 「食」なんだからと 安易に思っていたと思う・・・。 この映画は、何かを提示しているわけでもなく 意見を押し付けるわけでもなく、 告発しているわけでもなく ただ淡々とありのままを観客に観せてくれる。 実際アタシも、この映画を観たからお肉は食べられないとか 可哀相とか、そんな風に思うことはないし そういうことが言いたいんじゃないということもわかる。 けれども、何かがつっかかる。キレイ事ってなんだ?って思う。 可哀相だからお肉が食べられないと思うことがキレイ事だと 今まで思っていた。そして、食べることは殺す事 それを思いながら食べるというのは正論だとも思っていた。 でも、そこで完結していいのだろうか? この映画が言いたかった事はなんなんだろうか・・ やっぱり、今のこの状態は不自然だろって言いたいのではないだろうか? 牛が、全身で抵抗し逃げようと必死にもがくなかを 頭に電流を流し気絶させる。苦しそうに 息を何度もはくその息の音や 牛の視線がどうしても忘れられない。 生きたまま足を吊るし上げられ逆さまにされ 生きたままカラダを切られ体中の血を抜く。 この作業がオートメーションのように延々と続く。 ひよこも、豚も、生きたままベルトコンベヤーに流され、 殺され吊るされ・・・・。それはさ、食べるためだから 仕方が無いのではなくて、この機械化、オートメーション化は、 あまりにも自然に反していて本当に食べるためだから 仕方が無いなんて言えるの?って思えてくる。 こういうことを言うと「キレイ事」になるのかな? でもさ、でもでも、本当に命を喰らうってことはさ、 命を自分の手で殺し、もぎ取り、自分で 皮をはぎ、 自分でさばいて食べることだよね? この映画では、魚も苦しそうに声をあげていた。 そして、美しい向日葵たちは、クスリをかけられ あっという間に枯れ(殺され)そこを耕し アタシたちが食べる何かを作る場所になる。 生産され、売られ、売れ残り、食べられ、食べ残され そして、捨てられ・・・。 そのために生まれてきた命たち・・。 今の思いを映画を観た後のこの思いを 上手く気持ちを言葉に変えることが出来ないけれど なんかさ、食べることは命を殺すことを思うのではなく、 食べるために本当は何をするべきなのか? そんなことを思ってしまったんだよね。そう思うと 一番の悪魔は、消費者である手を汚さず なんでも便利に気楽に食べようとするアタシたちだよなって つくづく感じてしまった・・。 今、地球上では年間で900万人が餓死している。 でも、そんな中、世界で一番残飯を出しているのが日本。 金額に換算すると11兆1000億円もの量(命)が 無駄に生産され処分されているらしいのです。 食べるためだから、仕方がないではなく この現実をどう受け止め、そして、どうするか・・ とにかく知らなければいけないこと、目を逸らしてはいけないこと 肉になる彼ら彼女達の視線や苦しがる息、逃げ出そうとする抵抗する音 無理矢理精液を出され新しい命を宿らさせ たったまま機械的に乳を搾られ生きたままベルトコンベヤー 吊るされ選別され解体され閉じ込められ 魚が口をあけ最後の叫び声をあげる瞬間・・・ それがすべて、機械化。流れていくのだ、サラサラと・・。 肉を食う人、魚を食う人、卵を食う人、ミルクを飲む人、そんな すべての人が観るべき映画、何かを食べて生きているのならば どんな形になってもいいから観なければいけない映画だと心から思う。 だって映画で観られるんだよ? これこそ、まさに映画だよ。知ることが出来なかった 知らなければいけない世界を知ることが出来るのだから。 この映画のお値段¥5000 ■べんのお値段 今回はべんちゃんは予告編で顔面蒼白だったので、お休みです(笑) |