| 私の中のあなた |
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11歳の少女アナは白血病の姉に臓器を提供するドナーとして遺伝子操作によってこの世に生まれた。母サラは愛する家族のためなら当然と信じアナはこれまで何度も姉の治療のために犠牲を強いられてきた。そんなある日「もうケイトのために手術を受けるのは嫌。私の体は自分で守りたい」と、アナは両親を相手に訴訟を起こすが・・。 キャメロン・ディアス、アビゲイル・ブレスリン、ソフィア・ヴァジリーヴァ、 ジェイソン・パトリック、アレック・ボールドウィン、ジョーン・キューザック 他 出演 ニック・カサヴェテス監督作 ■ガオのお値段 ひとりひとりの命や人生の尊重・・。 最初、アタシはこの映画はそういう映画だと思っていた。 今までウンザリするほど、どこの国の映画でも 描かれてきた似非っぽい家族愛ではなく ケイトのために遺伝子操作で生まれてきたアナが 自分の存在はなんなのかと問うような、 自分は、命と心のある人間ではなく ただの道具なのか?という切々としたことを 訴える映画なのかと思っていた。 だから、この映画の着目点の勇気を嬉しく思ったし、 ところどころ涙も出てきたりしそうになったんだけれど・・・ ある場面から、涙がひっこんでしまった・・。 結局、家族って、いいよねぇ・・という安全箱の中で 都合よくお涙頂戴にしてしまっている、 よく観る 甘ったるい映画だったのだった・・。 あぁ、まったく・・何観てんだか・・・(哀) あのね、あの映画のキャメロンさん演じる 母親のエゴイズムはさ、どう100歩譲ったとしても 全然同情できない。あれは虐待だもん。 なのに、最後は、なんだか皆いい人ってことで終わる。 本当はね、アナが本気で訴えてほしかったの。 自然に逆らう遺伝子操作をもしてしまう 人間のエゴをクローズアップしてほしかった。 いやなの。欲しいってだけで、ただそれだけで どんなことでも何が何でも自然に逆らおうとするような どんな人にでも普通に宿ってしまっているエゴが 本気で心底怖いのね、アタシ。 だから、そこに警告をもたらすような、 深く考えさせられる映画になっているはずだ、と 勝手に期待しすぎてしまったアタシもいけないけれども しかし、まさか、今更、こんな親切すぎる どんな登場人物にも泣き場面を作っておく 昔からよくある似非家族愛とメロメロドラマだったとは。 おまけに判事にまで都合のいい場面が作られていて・・ こんな何一つ辛味のない砂糖菓子だらけの映画を 今更誰が好んで観るのかと思いきや、びっくりした・・・ みんな泣いていた・・こういう映画に 呆れてしまうアタシって、異端なのか・・な?(爆) でも、そうか・・、うーん・・頑張って、 この映画を違う角度から冷静に理解してみると 死を受け入れるということも大切って、ことだよね。 病気の人を抱えた家族や夫婦、親子って、 病気の人のことを自分のことのように受け止めて 頑張ってしまう人がやけに多い。でも、病気は 結局、病気を持っている人だけのもので、 その病気も一緒にその人と生きているわけで。 そこに、病気をもっていない人が、どんなに 必死になっても、その人にはなれないのね。 だからこそ、見失ってはダメなの。 自然に受け入れるしかないの。その人のために 何一つ、何も出来ないってことを。 それが一番難しいんだけれど、 そこを受け入れることから始めないと、ね。 そういうことを、伝えてくれているかもな・・ とも思えば、砂糖菓子の胃もたれの中に、 少しだけコーヒーを飲めた気分にもなる。 それと、俳優さんたちの演技はみんな巧かった。 特にケイト役のソフィア・ヴァジリーヴァさんと お父さん役のジェイソン・パトリックさんが素晴らしいです。 「モンタナで待っている・・」というところ、 ソフィアさんだからこそ、ジーンとくるもんね。 ま、仕方がない。こればっかりは主観だかんね・・(苦笑) この映画のお値段¥500 |
| 愛しのタチアナ |
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60年代のフィンランド。40歳を過ぎて母親に頭が上がらず毎日ミシンを踏んでいる仕立屋のヴァルトは中毒に近いほど好物のコーヒーを母親が切らしたことで堪忍袋の緒が切れた。母親を押入れに閉じ込め財布から金を盗んで外へ飛び出した彼は、修理に出していた愛車を受け取りに友人の修理工レイノを訪ねる。同じく40を越した独身男の彼は革ジャンを羽織ってポマードを髪に塗りたくりロックンローラー気取り。そんな二人が奇妙な旅に出発する。途中でエストニア人の女性タチアナ、ロシア人女性クラウディアと出逢いを港まで車で送ることになり、そして・・。無口で無粋だがどうにも憎めない男女が織りなす珍道中が幕を開ける・・。
カティ・オウティネン、マッティ・ペロンパー、マト・ヴァルトネン、 キルシ・テュッキュライネン、エリナ・サロ 他 出演 アキ・カウリスマキ監督作 ■ガオのお値段 タチアナがフィンランド語を話した瞬間 レイノは恋におちていて そうして、タチアナはいつの間にか レイノだけをカメラでパシャリしている。 その空気感がやけに愛しい。それは、この映画の すべてに流れている沈黙の中の饒舌映像。 コーヒー中毒でマザコンで仕立て屋のヴァルトと いつまでも古臭い少年のようなお洒落を丹念にして ウォッカを一気飲みばかりしてゲップしているレイノ。 どうにも冴えない男二人が、ふとした出逢いから ロシア人のクラウディアとエストアニア人のタチアナを 車に乗せ港に送り届ける旅路。 なんだか滑稽なその行く末を、セリフに頼らず その空気感だけで観せきってしまう。 時間の流れを想像することの楽しさが この映画にはあふれるほど風のように流れている。 「外国に行ったことがあるか」 船、コーヒーメーカー、レコード、カメラ、 イヤリング、 閉じ込められていたヴァルトの母親のハンドバック 不味い紅茶、4人の不器用な愛着、眠ってしまったレイノの すいかけの煙草をそっととり自分もふかした後、 不器用に同じベットにまるまって眠る可愛いタチアナ・・。 観終わった後、なにか温かい温度が心に宿る。 人生は、特別なことがなくたって愛しい。 恋をして愛しい人と新しい時間を刻むのも、 永遠に踏み続けるミシンの音のように何も変化がなくても、 どんな人生にも優しい映画。すべての人生たちに。 心から温まるコーヒーとウォッカを。 そうして、この映画を。 この映画のお値段¥・・・・(愛) いや、だってね、ちょっとズルイ言い草かもだけれど 値段はつけられない。永遠に払い続けてもいいの。 何度でも観たいから。人生の友のような映画だから。 なので・・・、観逃げっ(笑) |
| ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜 |
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戦後の混乱期、酒飲みで多額の借金をし浮気を繰り返す小説家・大谷の妻・佐知は、夫が踏み倒した酒代を肩代わりするため飲み屋で働くことに。生き生きと働く佐知の明るさが評判となって店は繁盛し、やがて彼女に好意を寄せる男も現れ佐知の心は揺れる。そんな中、大谷は親しくしていたバーの女と姿を消してしまう。そして・・。 松たか子、浅野忠信、榎本陸、広末涼子、 妻夫木聡、堤真一、室井滋、伊武雅刀 他 出演 根岸吉太郎 監督作 ■ガオのお値段 もし、佐知が松さんじゃなかったら・・ アタシはここまでこの映画を 好んでなかったかもしれないってくらい 松さんが佐知として映画の中で生きていた。 偉そうなことを言わせてもらえば、 その圧倒的な魅力で最後まで観せきってしまう 彼女の主演女優としての底力を感じたのです。 彼女の魅力ひとつで、普段だったら、他の某役者さんたちの つっこみをいれてしまうテレビチックな大袈裟演技にも 誰かさんのアニメみたいな幼稚な声も許してしまうくらい 彼女が映画をぐいぐいひっぱっていってくれた気がする。 それに、衣装やセットも素晴らしくて、 なんともいえない、その時代のもつ空気に 運んでいってくれた気がしたの。 夫婦で敬語を使っている感じも素敵。 もちろん、根岸監督の繊細な演出力が この空気感をまとめてくれているのかもだけれども。 正直言うと、原作は読んだことがないので 映画そのものを楽しんだアタシは、この映画の中の 佐知と大谷は男と女そのものって感じで そんなとこも面白かった。 電車の中で、何気に夫の書いたものの 宣伝チラシをチラっと眺める切なさとか、 生まれおちた時から流れるように なんとかして生き抜こうとしている 本能的な感覚とかもそうなんだけれど、 あの、ラスト近く、夫の弁護料として以前 恋人だった弁護士の男へ、なけなしの お金をもってきた佐知が、そのお金で パンパンから口紅を買いビルのところで 紅をさす場面はゾクゾクすると同時に 言葉に出来ない共感を感じるのです。 したたか云々というより、あるいは、夫のために パンパンになった気持で挑んだというよりは むしろ、アタシが感じたのは、 秘密を持ちたかったんじゃないかと思った。 声に出したくない秘密。それをもつ愉しさと ほのかな灯を心にひっそり隠したの。 上手く言えないんだけれど、あそこの場面に すごく女の性を感じたんです。 そうはいっても、なかなか佐知のようには生きられない。 大谷のような男が目の前にいたら、お前なんかサッサと 死んじまいなと、アタシだったら蹴り倒すもん、きっと(笑) だから、地味な着物から少しずつ 紅く華やかになっていったように素直に、 ただただ目の前のことに自然に反応して 生きていく泣き笑いの佐知には、さっちゃん偉かったよ!って 思わず、細い肩を、ポンポンとたたいてあげたくなる。 たんぽぽのように、道端で控えめな明るい 黄色を咲かせながら健気に強く咲いている佐知。 まったく、ウダウダと屁理屈と言い訳のオンパレードの 大谷の手にあるサクランボをぜんぶ食わせてあげたいわ(笑) この映画のお値段¥1950 ■べんのお値段 い、痛い・・・辛い、恥ずかしい・・・もうヤダ!! この映画を観て正直そう感じた 何にそう感じたかと言いますと、大谷というキャラクターの中に、 自分の中にもある、男の本質というモノを見せられた気がするから なんですよね 酒に溺れる、家には金を入れない、人並みの正月をと他人の金を盗む、 さらには愛人と心中騒ぎを起こし、挙句の果てに傷心の妻を前に 「今は責めないでくれるか、僕は傷ついてるんだから」 と、言いきってしまう大谷の行動は、一見破天荒なように見えるが、 この"過剰なまでの自意識"と"幼児性"は形の大小はあれど、 普段、自分でも日々感じていることなんだよね・・・ (絶対 口には出さないけどね。弱い処見せたくないから 笑) ああ・・・男ってのはつくづく子供だ それに比べて、女の腹の据わり方としたたかさ 「死にたい・・・」「この世には神様がいるんでしょうね・・・」 などと理屈ばかりこねている男と違い、佐知の行動は常に能動的で、 瞬間のレスポンスがある それが正しき道だと本能的に知っていたかのように、確信をもって 振る舞う 嗚呼、この肝の据わり方・・・これが女の本質なのだろうか??? こんな風景、日々の生活の中にもよくあるわけで・・・ 「ただ一緒帰る。それだけで私は幸福なのよ」との佐知のセリフは 本気で痛い 嗚呼・・・この男の勘違い、空回りっぷり そしてとどめはラストのこのセリフ 「人非人だっていいじゃない。私たちは生きていければそれでいいのよ」 もう完全にダウンです ごめんなさい!! でも、明日からの生活もそんなに変わらないと思います。。。。 この映画のお値段¥4000 |
| 九月に降る風 |
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台湾の新竹。学年も生活環境も異なる7人の男子高校生たち。野球場で騒いだり、深夜の学校プールで裸で泳いだり、屋上で弁当食べたり、大樹の下で無駄話をしながら悪ふざけをしたり、彼らはいつも一緒だった。あの日までは・・・。 リディアン・ヴォーン、チャン・チエ、ジェニファー・チュウ、ワン・ポーチエ、 リン・チータイ、シェン・ウェイニエン、チウ・イーチェン、チー・ペイホイ、 リー・ユエチェン、エリック・ツァン 他 出演 トム・リン 監督作 ■ガオのお値段 この映画の中の7人の男の子たちの、 可愛すぎる行動に台湾の男の子はこんなに ウブな男の子ばかりなのだろうかと微笑ましくなる。 というか、あるいは、アタシが女だから イマイチわかんないだけなのかしら・・・ 個人的には、若い世代を描いている映画だと、 『リリイ・シュシュのすべて』や『キッズリターン』の方が ドカンとしっくりきた自分にとっては、 『九月に降る風』に漂う、ウブすぎる空気感が 中盤までは、ちょっと気恥ずかしかったりもしたのね。 だけれども、彼らの友情が少しずつ 壊れていく感じになってきた時、気がつくと アタシの心は彼らに寄りそっていた。 切なさや、抑えきれない何かを抱えてしまうような 言葉に出来ない、あの感覚が、浸透してくる。 本当は、どれだけ大切にしたいと思っているのだろう、 どれだけ後悔しているんだろう。自ら切り捨て壊してしまった絆。 そうして、壊れてしまったものは、もう二度と元には戻らない。 それは、イェンが亡くしてしまった命だけの話じゃないことを、 この映画は伝えてくれる。事実は変えられない。 あの、野球場で、放たれたボールの行方のように皆、 どこかへ行ってしまった。かけがえのない日々。 九月に降る風。この風の切ない儚さを思った時、 遥か遠くにどこかに置き捨ててきた日々を思い出すのかな。 というか、アタシは、ヤオシンがたまんなく愛しくてー。 いつも空気をよんでいるような唯一大人っぽい感じだった彼が キレる理由がこれまた真っ直ぐな思いでね。 バットにこめた怒りの爆発が正義感からなんだと思うと痛々しい。 彼もまた、あの日々から遠く離れ、徴兵へ・・。 でもさ、でもね、何もないより、何かあった方がいい。 風が吹いたとき、心に何も響かないより響いた方がいい。 想い出せる痛さがないより、痛さを知っている方が、きっといい。 これから、もっと笑える日々のために。 心から笑える日々が、きっと、来るために。 この映画のお値段¥1999 |
| ココ・アヴァン・シャネル |
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孤児院で育った少女時代を経て、酔った兵士を相手に歌うナイトクラブの歌手となったガブリエル・シャネル、通称“ココ”。その一方、つつましいお針子として、田舎の仕立屋の奥でスカートのすそを縫う日々に甘んじていた彼女は、将校のエティエンヌ・バルサンの愛人となり、退屈な暮らしを送ることになるが・・。 オドレイ・トトゥ、ブノワ・ポールヴールド、アレッサンドロ・ニボラ、 マリー・ジラン、エマニュエル・ドゥボス 他 出演 アンヌ・フォンテーヌ 監督作 ■ガオのお値段 ブランドに興味がないアタシでも 「シャネル」という記号のような名前は知っている。 名をあげるというのは、興味がない人でさえ その名前を知っているということ。 そういうブランド名を世界中にちりばめた ココ・シャネルの産声の元になった話。 印象的な映像場面がいくつもひろがる。 生地にいきなり袖の型をすいすい描いていく場面や バルサンが着ていた白いシャツと 自分が着ていたチェックのワンピースをあわせて ザクザク布を切ってリメイクする場面。 くるくると巻きたたむ使いやすそうなお裁縫セット入れ。 そうして、ボーイと車を走らせる海辺の視点の美しさに、 行ったことがない場所への憧れを思わせ、 スクリーンの向こう側にワクワクする。 その海ドーヴィルで砂浜の人混みの中、 すっと背筋を伸ばし海を清々しく見つめるココの後ろ姿を ボーイが静かに発見し深い瞳で見つめている場面を観た瞬間、 彼女がその他大勢じゃないというオンリーワンという 静かな力強さをひしひしと思うのでした。 その、いつも気難しくて甘ったれない彼女が 唯一可愛らしい心からの笑顔を見せる場面が ボーイとの場面だったせいもあり 二人の場面は、ココの小さな美しい思い出を 覗き見している気分になって、この映画がなかったら そんな思いを知ることもできなかったと思うと 映画の持つ繊細な美しい力を感じた。 もう一人の男、バルサンとの関係もいい。 愛人というか奇妙な友情というか、 不思議な思いで繋がれている。 汚れたナプキン使わされたり 今度の旦那さんの愛人は不細工だと 雇い人の方たちに悪口言われていたり ゲイシャみたいに奴隷になれとか イヤな場面もありつつも、どこかで、 お互いの虚無みたいのを知っている感じなのね。 というか、ココが無理矢理押しかけてんだけれど、 (この時ココが着ていたテーラードジャケットが好き) 彼女は決して自分を卑下せず 男が喜びそうな可愛らしさを見せず ありのままの自分でいようとした。そんなココが 八方美人でその場だけやり過ごすような、表向きだけ 親切そうで可愛い人たちよりもアタシは好きだ。 それにしても、オドレイさんは 実際のココの数々の写真にそっくり! キャスティングされたのもうなずけます。 服も、バルサンの乗馬服を着ている姿や それをリメイクして自分用にした服や リメイクしたチェックのワンピース、 テーラードジャケットの布の表情の楽しさや ぽってりした可愛いカフス、煙草片手に クールな横顔を見せながら着ていた時の 濃い紺色のような黒みたいなブラウスの 美しくて粋なカフスなどなど、 どの姿も印象的なのだけれど 一番心に残るのは、ドーヴィルで漁師たちを眺めた後 すぐにボーダーのストライプをとりいれた 長袖の大きめのTシャツみたいなのを着ていた姿。 爽やかで、まさにシンプルで清々しい。 それから、ボーイを演じたアレッサンドロさんが こんなに素敵な方とは夢にも思いませんでした(コラ・笑) アタシ、何本か、彼の出演している映画を 観ているはずなのに、あんま印象に残ってなくて。 でも、この映画でボーイ役の彼は、 ココを見つめる時の瞳が温かくてセクシーですごく素敵。 バルサンを演じたブノワさんも味わいがあるなぁ。 あとはなんといってもエミリエンヌの エマニュエル・ドゥボスさん。 彼女は『リード・マイ・リップス』以外は、 主役って感じのがなかったように思うのだけれど 『真夜中のピアニスト』の時も今回の映画も 彼女が登場すると、なんだか、嬉しい。 目に力があるの。 雰囲気も肉感的でやせ過ぎてない感じも すぐそこにいそうな感じで姿そのものに親しみがあるから さりげなく真実味が出てきていい。 大切なのは、シンプルなこと。 服って、その人の生き方みたいなものもあらわれる。 みんな、本当の自分をさらけ出すのが怖いから ゴテゴテ着飾り、脂肪の悲鳴を聞かずに 体をしめつける。でも、自分の体についているものは 自分自身なのだから。だからこそ、エミリエンヌが、 「かっこわるいから服をもっとしめつけてよ」とココに頼むと 「息ができなくていいの?」と言い放つ。 その一言に、彼女のポリシーを感じた。 この映画のお値段¥1900 |