シネマのお値段 2009年 11月分


マイケル・ジャクソン THIS IS IT
2009年6月、1か月後に迫ったロンドンでのコンサートを控え突然この世を去ったマイケル・ジャクソン。唯一無二のアーティストとしての才能を復帰ステージに賭けながら、歌やダンスの猛特訓は死の直前まで繰り返されていた。そんな彼のコンサート・リハーサルを収録したドキュメンタリー。
マイケル・ジャクソン 他 出演
ケニー・オルテガ 監督作

ガオのお値段

「もっとシンプルに。
 最初のアルバムの時の音で。観客の知っている音で・・」

冒頭から何かにつけてウルウルきていた
アタシの涙腺を、一気に壊した瞬間・・
そうだった。マイケル、そうだったよね
アナタはいつも、ファンのために・・
それなのに、ごめんね、マイケル・・
そんな想いがあふれるほどこみあげてきて
涙が止まらなくなってしまった。

「フルボイスで歌わせないでよ」と照れてみたり
それでいて観客のことを忘れないでという思いで
「you」は観客に向かって言おうね・・と優しく伝えている姿。
要求する時もあくまでも謙虚に。でも、妥協はしない。
日常を忘れさせてあげよう。夢を・・
100パーセント、ファンのために
本気で心底やる気だった思いが、
そのあふれるほどの情熱がドカドカ伝わってきて、
それを思えば思うほど悔しくて哀しくてやりきれなくなる。
こんなにも心のこもった偉大な人を
なぜ、死なせてしまったのか。
だって、マジでものすごい完成度のリハーサル。
後は観客の前に登場するだけ。準備は完璧。
それなのに、それなのに・・。あまりにも残酷な仕打ち。。
オーデションに来たあるダンサーが言った。
「人生に意味を持たせたい。・・だからここに来たんだ」

ただ、生まれてくれたことを。
たくさんの夢をみせてくれたことを。
どれだけワクワクしたか。どれだけの輝きをもらったか。
ふれると壊れそうな繊細な優しさ。華奢な体から、
何もかもをぶち破るようなパワフルで美しい声
そして、誰をも魅了させるダンス。
「お水を」というだけで歌うように言うマイケル。
キュートな笑顔。コンサートに携わっていた人たちの
空気感も和やかで、キングと呼ばれる天才なのに
彼の人柄なんだろうな・・みんな幸せそうなの。
そんなひとつひとつが、切なくて、愛しくて。

永遠に封印されてしまった始まることのないライブ。
その哀しくも愛しい欠片を抱きしめても
大きな喪失は、誰にも埋められない。100年たっても。

だからせめて、アナタが本気で心底思っていたloveを
誰にもバカにさせないような愛をアタシは
頑張って持ち続けてみたくなった。
Man in The Mirror・・鏡の中の自分から。
今日こそ変えてみよう。簡単なことに流されちゃだめ・・
そうだよね、マイケル?
そして、いつかアナタが言っていた言葉を胸に・・・
「I love you.
  And remember we're all brothers and sisters,
  no matter what color we are.
   by Michael Jackson」

同じ時代に、同じ地球に、
生まれてきてくれて、ありがとう、MJ・・

  この映画のお値段¥・・love、love・・だって〜(涙)




べんのお値段

「これは、マイケル個人のプライベート用として撮られた映像を使用しています」
という旨のテロップに続いて、映画はスタートする
幻に終わったロンドン公演のリハーサル風景
一曲目にかかったのは「wanna be startin' somethin'」
懐かし〜ねぇ マイケルの動きも今だシャープじぁないか・・・
呑気に観始めた刹那、衝撃が走ったのは次の瞬間だった!
マイケルが歌を止める、その瞬間歌声も消える
えええ〜〜〜ッ?? これ生音源だったの!!?
冒頭のテロップに騙され、音質的には問題ありだから当時のマスターテープ
でも掘り起こしてきたのか? などと勝手に思い込んでいたのだ
でもコレ、アレンジも含めてまるで当時のままじゃないか??
(その謎は、映画の中盤 本人の口から語られる)
その歌声、その演奏スタイル!!
誰もが知っているマイケルがそこにいる!!!
その偉大さ、長い年月を経ても失うことなく研磨されてきた情熱が、一気に
飛び込んでくる

最近の彼の報道と言えば、奇行、虐待、裁判ばかり
その風潮に流され、当時あんなに熱狂したにも係わらず、自分の中でも、
マイケルの位置付けは、すっかりキワ者キャラと化していた
しかし、この映画を観ればわかる
彼は何も変わってはいない・・・変わったのはむしろこちらだと
一部の隙もない そして必要なものすべてある 無駄のない動き
集中力 そして表現力に溢れた歌声
言うのは容易いが、50のオッサンと呼ばれても仕方ない年代に差しかかった
マイケルがこれほどのパフォーマンスを見せるのが、どれほど困難な事か
カール・ルイスが今でも、100mを9秒9で走れるか??
野茂英雄が今でも、150kの球を投げれるか??!

  「今度のライブでは、みんなの聞きたい曲をやる」
その宣言通り、最初から最後までヒット曲の嵐、嵐、大洪水!!
しかも、そのすべてが当時のアレンジのままだ
その点について、興味深いやり取りが映画に出てくる
マイケルの要求がつかめず、苛立つキーボード奏者にマイケルが言う
「それはみんなが知ってる音じゃない」
このライブがなんの為に企画されたのか、この一言でハッキリする
それは、巧妙心でもなく、進化した自分を見せつける訳でもなく
自分の残してきた足跡を、ありのままの形でファンに示す
今までの集大成 まさにファンの為のライブなのだ!!
「最後のライブ」と宣言していたのも解る
これ以上、年を重ねれば、みんなの知っているマイケルではなくなってしまう

そんな完璧主義を、キャストにもスタッフにも要求するマイケルだが、
彼が決してファシストではないシーンも映画に出てくる
若い女性ボーカリストにさりげなく見せ場をつくり
女ギタリストには「ここは君のソロだ」と、彼女の得意なヘビメタ・サウンドを
演奏させる
そして若いダンサーたちには、ブレイクダンスを・・・
マイケルの世界観とは違う異質なエネルギーをも、すべて取り込み調和させていく
この包容力と寛大さ
そこには、次は君たちだという未来へのメッセージも感じ取れる

そして最後に語られる、地球環境に対するメッセージ
他の誰かに言われれば、歯の浮くような常套句だが、
そこには何かをなし得てきた 者の説得力がある
「誰かがしてくれるって言うけど・・・その誰かって、誰?」

リハだけでこの完成度を誇る鳥肌モノのライブが、
永遠に闇に閉ざされてしまったのは、なんとも残念で仕方がない・・・
ドキュメント映画としての出来は、あえて言うまい
単なるファン映像というなら、それも結構
そんなもの、この天才の情熱と努力の前では屁みたいなものよ
「THIS IS M.J!」

  この映画のお値段 映画としての評価不能ダス・・・



  




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