2008-08-27
http://www.purple.dti.ne.jp/hint/tw02/ebmt.htm

BOMT(ぼむと)
"Break-on Mini Timer" by M. ISHIKAWA

「ぼむと」の外観

   

● 概要

 BOMT(ぼむと)は,「不随意運動」などでスイッチ操作がうまく行かない方のためのスイッチ操作アダプタです。以下のような特徴があります。



   

● 経緯

◆ 問題

 この装置を製作する元になったご相談をくれた方は,押しボタンを使って「スキャン方式」で,五十音表から文字を選んで入力しようとしていました。ところが,「手の重み」か「緊張」あたりが原因で,通常,押しボタン・スイッチを押しっぱなしになってしまいます。しかも,押そうとするタイミングで手を動かせるのはいいのですが,手が押しボタンでバウンドしてしまい,何度も押してしまうことが多くありました。
 さらに悪条件が重なっていました。そのような「スキャン式」のソフトでは,「押し間違い」を修正し易くするために,スイッチが押された直後は「キャンセル」かどうかを選択する状態になるものがあります。その方の使っていたソフトがマサにそうした動作のもので,「バウンド」する度にソフト側で「キャンセル」とみなされてしまい,うまく入力できないような状態でした。
 不随意運動などで「何度も押してしまう」操作を吸収する方法としては,「タイマーを中継する」という手が考えられます。数秒程度の短い時間に設定しておけば,その間は何度スイッチを押しても出力は「オンのまま」なので,とりあえず「何度も押したことになる」ことは回避できます。
 ただその方の場合,普段が「押しっぱなし」になってしまっています。市販の福祉用タイマーで,はたしてその「押しっぱなし」を回避できるかどうかには疑問があります。少なくとも,「タイマー用 IC」として知られている 555 という部品は,「スタート信号」が設定時間より長いと,出力も「オンのまま」になってしまい,うまく動作しません。
 またその部品は,タイマーが作動していない時も,それほど大きくはないですがある程度の消費電力があります。未使用時の電池の消耗を防ぐには「電源スイッチ」が必要ですが,そうすると使う度に電源操作が必要となり,「日常」のコミュニケーションの道具として使うには少々問題となってきます。
 ですから,市販のタイマーにその部品が使われていた場合,今回のようなケースでは使い勝手が悪いことになりますが,だからと言って,事前にメーカーや販売店に問い合わせたところで,そうした詳しい動作や内部仕様などまで教えてもらえるものではありません。と言っても,必ずしも「企業秘密」とか,ましてや「意地悪」というわけではなく,ただ単に「売る側」は「売るだけ」に徹し過ぎてしまっていて,内部まで詳しく知らない……というのが,実際のところなのでしょうけど。
 でもそのために,使う側は,そう安くもない機器を「買っては試し,また買い直し」の繰り返しを強いられることになるわけです。「補助金」などがあれば負担は少なくて済むかもしれませんが,出す側はたいへんです。その「買っては試し」の繰り返しの分だけ補助金を用意する必要があります。そして何より,上記のような不都合は買って使ってみないと分からないことですから,それで使えないと分かった機器は「無駄」になってしまうわけです。それはその購入のために使われた「補助金」ごと無駄になっていると見ることもできます。個人的な考えですが,批判の多い「障害者自立支援法」が押し通された背景には,そうした「必ずしも使えるかどうか分からないものに使われる補助金」が,要因としてあるのではないかと思うことがあります。結果として,当事者の負担が増やされてしまっているわけです。
 ここはひとつ,そうした「無駄」をなくすためにも,自作してみることにしました。

◆ 設計

操作と出力のタイミングの図  目指した動作は右の図のとおり。まず,「操作」としては,通常から押しっぱなしになってしまっていても,出力としては「オフ」になっていて欲しいわけです。そして,本来スイッチを押すべきタイミング(水色の範囲)で,手を動かすことはできるわけですが,それまでが「オン」のままでしたから,そのタイミングではまず「操作」としては「オフ」になります。でも,出力はそこで「オン」になって欲しいわけです(下向きの矢印)。そして,直後に手がバウンドしてスイッチが何度か押されても,一定時間「オン」の状態を保持して,そのバウンドがおさまったころ,たとえスイッチが「オン」のままでも,出力としては「オフ」に戻ってほしいわけです。

BOMT 回路図  幸いにして,このような動作をするものは,デジタル回路で簡単に組めます。ホントに簡単なので,回路図を公開しますね(「回路図」描くの,久しぶりだったりします)。
 通常この手の「タイマー」では「リレー」を使うのが一般的ですが,消費電力がわりと大きい部品なので,使い方によっては電池の消耗が早く,頻繁に交換が必要となります。普段の「コミュニケーション機器」として使うことを目指すなら,消費電力を抑えて長く使えるようにしたいところです。一方,マウスやリモコンなどの小電力機器であれば,リレーほどの大きな電流を流す必要はなく,しかも,抵抗がほとんど「ゼロ」近くまで導通しなくても,多くの機器では,ある程度抵抗が低くなれば「オン」と見なされます。そこでリレーを使わず,IC の出力を直接利用しようと考えました。リレーの代わりになっているのは,右側のグレーの部分で囲まれた「ブリッジ・ダイオード」です。出力端子に,極性がどちら向きに接続されても,IC の出力が Low になると電流が流れる仕組みです。
 ただ,この方法が使えるのは,この装置より電源電圧が小さい機器を接続した場合だけです。逆に言うと,この装置は接続する予定の機器よりも高い電圧の電源を使う必要があります。回路図には描かれませんが,IC 内部には保護用のダイオードがあって,この装置の電源より高い電圧がかかると,そのダイオードを通って電流が流れるので,「オフ」の状態として扱われない可能性があります。通常,パソコンで使われるマウスは 5V,リモコンなどは 3V ですから,それより高い 9V なら大丈夫だと判断し,006P と呼ばれる電池を使うことにしました。
 また「切替スイッチ」の M と B の記号は,それぞれ Make(メイク)と Break(ブレイク)で,押しボタンが「押された時点」と「放された時点」で,出力がオンになることを意味します。今回のケースでは,主に B の状態で使うことになります。

 この回路のブリッジ・ダイオードの代わりにトランジスタを介してリレーを設置すると,一般的なタイマー装置になります。その場合は使用したリレーの接点容量の範囲なら,マウスやリモコン以外にも,「動くおもちゃ」など,接続して使える機器が増えます。電源電圧もほとんど関係がなくなります。ただリレーは,既に述べたように消費電力が比較的大きいので,頻繁に使う場合などは,006P の 9V よりも単3乾電池4本(6V)のほうが使い易いでしょう。なお,使用した 4001 という IC は,使える電源電圧が 3〜18V と範囲が広いので,基本的には回路を変更せずに使えます。
 またこの回路はせいぜい2〜3秒程度のタイマーですが,4.7μF のコンデンサの値を大きくすると,時間を長くすることができます。1MΩ の抵抗も大きくすればさらに長くなりますが,1MΩ を越える「可変抵抗器」というのはあまり見かけません。

   

● おわりに

 「問題」の項の中でも述べましたが,この程度の簡単な装置を手に入れられないばかりに,いくつもの「福祉機器」と称されている装置を「買っては試し,また買い直し」を繰り返している方も多いのではないでしょうか。
 じつはこの装置の元になったご相談をいただいた方は,これまでも O.T(作業療法師)の方などと共に,いろいろな試みをされてきたようです。
 O.T の方は「訓練の専門家」で,そのための知識を学び,難しい資格試験にも合格した方だと思いますが,残念ながら,技術や工学,コンピュータなどの知識については,必ずしも持ち合わせているわけではありません。一方で現在の生活環境はというと,ハイテク機器が至る所に入り込んでいます。それらの機器をうまく使いこなそうとしたら,多少はそうした知識が必要であろうことは,十分想像できると思います。
 とすれば,生活に活かせる「訓練」には,技術的なアプローチが不可欠のように思います。そうした O.T などの福祉の現場の専門家と,開発能力を持つ工学の専門家がうまく連携して,ここでご紹介したような,「スイッチ操作での不随意運動を吸収する装置」などの実生活に活かせる道具や,あるいは「訓練」に利用できる機器を考え,場合によっては利点・欠点をフィードバックしていくことで,「発展」していくのではないかと思うのです。

 ところが現実は程遠く,むしろ「閉塞感」さえ漂っているのが現状ではないでしょうか。なぜそうした発展的な考え方ができないのかと問うと,たぶん「そうした制度ではないから」といった答えが返ってくると思います。私は,「最大の問題」はそこにあるのではないかと思っています。
 「訓練」などの福祉分野を取り仕切るお役所というと「厚労省」でしょうか。何より考えていただきたいのは,「福祉と工学の分野の連携を円滑にできる『制度』」を作る能力が,いまの厚労省にあるのか,ということです。いまの厚労省が何をしているかをよく見れば,言うまでもないと思います。あえて言えば,「障害者自立支援法」を見ても,「後期高齢者保健制度」を見ても,厚労省はまず「負担を増やし」て,それに耐えられない弱者を「切り捨て」ることしか考えていないということは明らかです。たとえば,その人にあった器具をコーディネートする要員を養成して,「買っては試し……」が繰返されるのを防ぎ,結果的に無駄になってしまうような「補助金」の使われ方を防止する……「切り捨て」るのでなはく,手を差し伸べることで,福祉財政も健全化しよう,といった考え方は,コレっポッちもできない人たちの集まりなわけです。
 「制度がないから進展がない」と考えることは,逆に言えば,「進展するには,それなりの制度が必要」と考えていることになります。でも,前述のような厚労省に対して,それなりの「制度」を作るまで待つというのは,どう考えたって無駄なのではないかと,私は思うのです。
 「待っているつもりはない」と言いたくなる方もいるかもしれません。でも「制度がないから進展できない」と考え,かつ,その「制度」すら「待っていない≒望んでいない」となると,結果として,「進展」させることを完全にあきらめていることになってしまうのではないでしょうか。「現状のままでいい」と考えている人はほとんどいないと思いますが,でもこれでは「悩み」は絶対に解決することもないでしょう。

 「では,どうすればいいのか」……じつはもう半分「答え」は出ています。とにかく「制度」やら,それを作る「厚労省」などのお役所に期待できないのですから,まず「そうしたものに期待しないこと」だと思います。……と言うと,「では何もできない」と考えてしまう方が多いかもしれませんが,なぜ今回ご紹介したような装置の開発に至ったのかを考えていただきたいと思います。
 今回ご紹介した装置の元になったご相談をくれた方は,個人の方です。その方も,長い間 O.T の訓練を続けてきて,でもなかなか満足なコミュニケーションができずに,いろいろな方法を模索する中で,たまたまご連絡いただいたのが最初でした。お話を進めるうちに,実際の状況を見ることになり,訓練の様子を拝見に行きました。そこで浮かび上がってきた問題が,「押しっぱなし」と「手のバウンド」,そして「キャンセル扱いされるソフト」だったわけで,今回のこの装置の開発に至ったのです。
 ある程度,電子工学の知識があれば,「問題」の項で示したような「タイマーが押しっぱなしでは使えない」とか,「消費電力の関係で,必ずしも日常のコミュニケーションの道具としては向かない」などの可能性は分かるわけですが,前述のとおり,O.T の方との訓練だけでは,そうした点まで含めて解決策を探るのは,かなりむずかしいことは言うまでもないと思います。と同時に,訓練や介護に携わる多くの方は,そうしたことで悩み続けているのが現状ではないかと思います。
 つまり,今回のような装置が開発されたのは,私の元に「個人的に」ご相談をいただいたからです。もちろん,私は別に「特定保健用食品」ではないので,「厚労省認可」云々など無関係で,「補助」をはじめ,何の制度も適用されません。ですから,「制度」の中で考えられている限りは,今回の装置も開発されることはなかったでしょう。「制度」の枠を越えてご相談を受けたことで,問題の「解決」に大きく近付くことができた,と言えるのではないかと思うのです。
 ちなみに,今回の製品の「製作費」は ¥5,000 ほどです(訪問費等除く)。「自立支援制度」を利用したら,いったいいくらかかるでしょうか。「補助制度」を利用したら,これより適切な装置が安く手に入るのでしょうか。

 解決策を探ろうとした時,多くの人が「制度の中で」何とかすることにこだわり過ぎてしまっているような気がして,仕方がありません。そもそもヤクニンの作る「制度」というのは,当事者のことなどまともに考えて作られてはいないのですから,そうした制度の中で「何とかしよう」としても,かえって問題の解決から遠ざかってしまう可能性が高いことは,容易に想像できます。
 述べてきたように,福祉の現場の専門家の方々に,今回のような装置の開発まで求めるのには無理がありますから,そこでやはり,「開発能力」を持っている者との「連携」が重要になるはずです。しかし,現場と開発者を連携させるような「制度」が作れるかというと,現在のオヤクニンには不可能なわけです。
 今回のこの装置の開発の元になるご相談をいただいた方のように,「制度の束縛」から自らを解放し,さまざまな連携を模索する「行動」を早めに起こすことが,福祉の現場の方々にも必要なことなのではないかと考えています。「制度」の枠にとらわれず,それ以外にできることを探して実行することが,諸問題の解決への近道のように思うのです。

 現場の方々の意識が変われば,今回のように,ご相談をいただいて実質的な解決に結びつくケースも多くなり,「生活の質」の向上につながる方も増えるのではないかと思っています。


● 作者

石川 雅章    TREE-WARE
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