サイレント映画に込められた映画の心、
人間の心の深さを語っていきたい


麻生八咫さんインタビュー
(2012年5月)



 今から100年ほど前の日本で、町の人々がそれはそれは楽しみに集ったところがありました。芝居小屋、寄席、活動写真館…そこは観客も演者も一緒になって盛り上がるあついライブ空間なのでした。RAFTもそんな場所になれると良いなあと、中野の片隅でさまざまな演目を開催しています。

 今回のRPでは、今年2月にRAFTで開催した「いかだ亭」にご出演いただいた活動写真弁士・麻生八咫さんと、演歌師・岡大介さんのインタビューをお届けいたします。

5月某日、活動写真弁士、麻生八咫(あそう・やた)さんの自宅がある草加にインタビューにうかがった。待ち合わせ時間の15分ほど前に駅改札に着くと、すでに麻生さんがお待ちになっていて「わざわざどうもありがとう」と頭を下げられる。そんな麻生さんにこちらが恐縮しながら、駅すぐ近くの稽古場に移動し、インタビューをさせていただいた。

「活動弁士になる以前は、ひとり芝居の芸人だったんです。北海道から沖縄まで津々浦々巡っていました。あるとき作家(能勢紘也氏)に、活動弁士の悲恋物語の台本を書いて頂いたんです。それまで活弁というのを観たことがなかったもんですから、活動写真弁士はどんな風にしゃべるんだろうかって、実際に活動弁士が生で語っているところを観に行ったんです」

麻生さんは、そこで初めて活弁という芸に触れ、大きな衝撃を受けたそうです。その感動をついこの間のことのように語る麻生さんの言葉に引き込まれました。

「浅草のとある劇場で池俊行先生が語る、昭和3年、坂東妻三郎主演『坂本龍馬』を観る機会に恵まれました。そのときに、講談とも浪花節とも違う、こういう語りが日本にあるんだということに大きな衝撃を受けたんです。語りによってフィルムが動かされているような感じ、活弁士が語りをやめたときにフィルムも同時に止まるみたいな、それは錯覚なんですけど、まるで魔法のように感じました。そのときに、これは面白い、こういう話芸を私も身につけたいと思ったんです」

終演後、関係者以外立ち入り禁止という札をもろともせず楽屋に入って行き弟子入りを願い出ました。

「あなたのように私もなりたい!って、頼み込んだんです。そしたら、なんと、その日のうちに弟子にしていただいたんです。当時は、5年もすれば池先生を追い越すぐらいになれるんじゃないかと、甘いこと思ってたんです。ホントに若さって怖いですね。そしたら、意外にも2、3ヶ月もしないうちに先生が、麻生君、舞台に立って見ろっておっしゃるんです。え、無理ですよって言ったんですけど、百の稽古よりひとつの実践ということで、先生の前座でお客さんの前でやったんです。でも結果はやはり散々で、けちょんけちょんな仕上がりでした」



弟子入りして、辛いことや失敗を経験しながら、活弁にとって大切なことを学んでいったそうです。

「活弁をはじめてしばらくたったときに、こういうことがありました。常磐座という浅草にあった老舗の劇場で公演があり、それは11日間の公演で、期間中、若手からベテランまでいろいろな方々がゲストで出演するんです。そのレギュラーを任されたんです。その頃の私には大舞台ですよね。にも関わらず私は、一番自分が苦手な演目に挑戦してみようと思ってしまったんです。それで、まだお客さんの前では一度もやったことのないローレル&ハーディーの『ビッグ・ビジネス』という演目をやることに。チャンバラが得意だという意識があったもんだから、その語り口で、フィルムにしゃべってしまった。すると、お客さんがシーンとなって、会場が冷蔵庫みたいな状態になってしまって。そうなると終演後、支配人に呼ばれるんです。支配人が私に、今日どうだった?と聞くんです。いや、どうだったって言われても、とモゴモゴしていると、あれな、お前がしゃべらなければ、フィルムだけ流しといてもみんなクスリぐらいは笑うんだよって。誰かひとりとして笑ったかって聞く支配人に、笑ったのは舞台上の私だけでしょうか・・・ってな感じでした」

11日間の公演のあいだ、そのフリーザー状態が続いたのでしょうか。

「2日目、3日目までは、もう何をやってもどうやってもうまく行かない。ほんと苦しかったね。追い詰められて、打たれまくって、半泣きになって…でもあのときの支配人はよく我慢してくれたなあと思いますよ。降ろされても当たり前だったんですけど、待っててくれたのかなあと思います。で、5日目、6日目過ぎて、何かが変わったんですよ。そしてね、8日目くらいに観に来た人がね、あの若い兄ちゃんね、秀逸だね、活弁いいよ、って。本番をやりながら、ようやく気がついたんですよ、まずフィルムを見てなかったってことに。ほら、ひとり芝居なんかやってたもんだから、自分自分って感じでやってしまっていたんですよね。でも活弁は違うんです。チャンバラが得意だからって言って、『ビッグ・ビジネス』のような演目をチャンバラのようにしゃべられてもお客さんは全然映画に入って行けないんですよ。で、そのときに、身にしみて思ったことなんですけど、活弁の語りで一番大切なことは、フィルムに溶け込むように語ること。これに尽きます。これがあって、自分の個性やなんかをね、出せばいいってね」

フィルムに溶け込むように語るということはどういうことなのだろう。

「フィルムに自分の“心”を溶け込ませるということです。フィルムの裏に回れという意味ではなく、フィルムとひとつになるということです。だから、フィルムに自分の気持ちを託して、それが映像と一緒に出てくる、そこまで行かないとつまらない。例えば、チャップリンの『キッド』とか『街の灯』とか『黄金狂時代』とか、そういう長編ありますよね。それらの映画を作ったチャップリンの心がある訳ですよね。それを観て、それについて語る弁士がいる。つまり映画を作った人々と弁士の心が一緒になるという事がないと深い味わいは出てこないと思うんです」



活動弁士という存在は西洋にはなく、日本独特のもの。

「西洋のサイレント映画には、元々弁士はいません。そもそも弁士を想定して作られていないんですよね。活動弁士は日本でだけ生まれた伝統芸能。なぜ活弁という話芸が日本で生まれたかと言うと、アメリカ・ヨーロッパの文化と、日本の文化とが決定的に違ってたからです。私は、西洋はパントマイム芸の文化、そして日本は語り芸の文化なんじゃないかと考えているんです。西洋の人々が、リュミエール兄弟(映画を初めて撮った人物)の撮った汽車が動く活動写真を初めて目にしたとき、汽車がスクリーンから飛び出してくると思い、わーっと逃げ出したという話があります。当時は写真が動くというだけで、珍しい、それだけで驚きみたいな感じだったと思うんです。それが日本に輸入されたときに、日本の興行主は、映像だけでは面白くない。この活動写真に言葉を付けないと、と思ったんでしょう。日本には、仏教の節談説教から派生した浪花節、講談、落語などいろんな話芸がありましたから、映像に向かって語ることによって、お客さんをどんどん盛り上げていこうと。そして映像と語り芸が一体となった活弁と言うのが、日本で誕生したわけですよ」

サイレント映画の魅力、活弁の魅力についてうかがった。

「映画に映し出された情景を言葉で描写し、そして登場人物のセリフ、さらに心情までを語り上げる、それをひとりでも多くの人々に味わっていただく、それが私たち活動弁士の仕事です。今年、アカデミー賞を撮ったサイレント映画『アーティスト』という映画がありましたが、観客はトーキー映画を観るときより、ちょっと前のめりになって、その映画の心を味わうみたいな感じで観ていたのではないかと思うのです。サイレント映画は、映画の深さと人間の心の深さ、それを観客に感じてもらうことができる、とても優れた表現だと思っています。そして、活弁の語りによって、悲しかったり、面白かったりという振幅の深い部分に、どこまでお客さんの心をいざなうことが出来るのか、弁士としてこれからも一生懸命掘り下げていきたいと思っています」

 



インタビューの最後に、6月20日(水曜日)にRAFTで開催する「いかだ亭」で上映される、『豪勇ロイド』とチャップリンの『消防夫』についてうかがった。

「『豪勇ロイド』は、弱虫でいじめられっ子のロイド君がおばあちゃんの励ましによって、強い男になりましたって、ただそれだけの映画なんです。けれどもお前は強い子なんだって、おばあちゃんに言われて、強い子として振舞おうと突き進んでいく、そういう人間の健気なかわいらしさと言うのが、この作品にはあります。ロイドという少年が、強くなろうとひたむきに奮闘してるのを、観客みんなで温かく見守っていく、そんな素敵な映画です。そして、チャップリンの『消防夫』ですけれども、ドジでマヌケな消防士が、何かをきっかけに突然目覚める。例えば愛する人を助けるためにとか、勇気を振り絞ったときに思わぬ力を発揮する。人間ていうのはどんな人でも、そ
ういう力を秘めてるんだということを、笑わせながら気付かせてくれる。どちらの作品も、ぜひ、多くの方に観ていただきたい映画です」

インタビュー終了後、写真撮影のために、稽古場から近くの、麻生さんの母校、獨協大学へ。キャンパス内を散策していると、その頃の新鮮な気持ちになるそうです。苦労してようやく入った大学で演劇に出会い、現在は活弁の第一人者として活躍されている麻生さん。人生においての挫折や苦労も、包み隠さず話してくださる言葉のひとつひとつに、そのときどきの情景が活動写真のように浮かんでくるようでした。

2012年 6月20日(水曜日)麻生さんの活弁公演を開催いたします。ぜひご来場ください。ボードビリアン・バロンさんの楽しい演奏もあります!



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