日本語字幕:写植、下・松浦美奈/ビスタ・サイズ(パナビジョン)/ドルビー・dts
ハル(ジャック・ブラック)は9歳の時の父の最後の言葉「女性は若くてかわいい子がいい」がずっと心に残っていて、なかなか女性とつきあえない。そんなある日、有名なセラピストとエレベーターに閉じこめられたことから、暗示を掛けられ女性の心の美しさが見えるようになってしまった。そしてローズマリーという巨大な女性と恋に落ちるが……。 |
コメディなのにテーマが重すぎて、見ているとだんだん気持ちが暗くなってきたのはボクだけか。でも、客席で一番笑っていたのは、ボクの後ろに座っていたオバサン1人だけだったけど……。 まあまあ笑えるが、とにかくテーマが重すぎ。しかも、人間性がビジュアルとして見えるようになり、サイのように太った女性がグイネス・パルトローに見えてしまうというのは、結局、見た目の美しさが判断の基準になっているではないか、という矛盾に陥る。しかもそれを肯定してしまっている自分に気が付いてイヤになるものだから、後味が悪い。 このまま終われば自らを否定するような結末になってマズイわけで、この映画の作者(プロデューサー? 脚本家? 監督?)はそれがわかっていたらしい。ちゃんとノーマルな結末を用意している。ただ、これが納得できるのかどうか。いや、後味が良いのかどうか。本当にさわやかに劇場を出ることができる? ずっとグウィネス・パルトローとつきあっている主人公を見てきて、主人公の暗示が解けただけで中身は変わっていないという超おデブな(それも小錦クラス)女の子が現れたとき、ちゃんと今までどおりつきあっていけるだろうか。その決断をラストで観客にせまる。いくら主人公もちょっと太めといいえ、相撲レスラーほどもあるわけじゃない。この終わり方はなんだか慈善事業のようではないか。こうなるしかないところへ主人公を追い込んだだけなのではないか。うーん。つらい。 これが、初めから超おデブな女の子とつきあっていて、彼女の良い面をたくさん見せられて観客も彼女を好きになっていくのなら、こういう結末でも良いと思う。しかし、ケーキをわしづかみで汚く食べたりするもんだから、どうも彼女を好きになれない。やせていてパクパク食べるのはいいとしても、太った人が普通以上にパクパク食べるのだから同情もできないと。 めちゃくちゃおかしかったのは、主人公のジャック・ブラックを初めて見たグウィネスが、「なによ一本マユ」と呼ぶところ。確かにジャック・ブラックは左右のマユがつながる寸前。英語では「ユニ・ブロー」って聞こえたけど、なるほど一本マユか。 公開2日目の2回目、40分前に劇場にはいると、ロビーには10人くらいの人が待っていた。ほとんど中高年以上で、男女比は4対6で女性の方が多い。 最終的に648席の3.5割ほどしか埋まらなかった。10席×4列の指定には2〜3人のオヤジだけ。ぴあ7席はすべて埋まり、やや女性が多かった。でもこれだけ席が空いていて指定がいるかなあ。混むかどうかわからない映画の日にち指定の指定席を、高いお金を払って先に買うというのはボクにはよく理解できない。 |