日本語字幕:丸ゴシック体、下、太田直子/ビスタ・サイズ/ドルビーデジタルEX
(米PG-13)
タイの片田舎にあるノンプラドゥの村から、守り神であるオンバク(ONG-BAK)像の首が、村出身のチンピラ、ドン(ワンナキット・シリプット)によって持ち去られた。不吉なことが起こると恐れた村人達は、なけなしのお金を出し合って寺院で育ったムエタイ名人の孤児ティン(トニー・ジャー)を派遣する。大都会バンコクに着いたティンは、村出身で僧侶になる修行中のはずのハム・レイ(ペットターイ・ウォンカムラオ)を訪ねるが、すぐにだまされて全財産を奪われてしまう。ハムはバンコクではジョージと名乗り、ケチなペテン師で、ヤクザから借金をし、すぐにでも金を返さないと殺されることになっていた。 |
劇場で予告編を見た限りは、とてもつまらない映画のようだった。何しろ売りが「1.CGを使いません 2.ワイヤーも使いません 3.スタントマンを使いません 4.早回しを使いません 5.最強の格闘技ムエタイを使います」というだけなのだ。これでは、まったく見所のないムエタイだけのドキュメントのような映画ではないか。 ところが、公開ぎりぎりになって流された予告編を見たら、ストーリーのあるまともな映画らしかったので見ることにした。……で、見て良かった。これはスゴイ。おもしろい。タイは「レイン」(Bangkok Dangerous・2000・タイ)や「テッセラクト」(The Tesseract・2003・日/タイ/英)のオキサイド・パン監督のような人もいるし、「怪盗ブラック・タイガー」(Tears of the Black Tiger・2000・タイ)のウィシット・サーサナティアン監督もいれば、本作のようなブラッサチャヤー・ビンゲーオ監督もいて、ちゃんと観客を楽しませる映画らしい映画を作るわけだ。この層の厚さ。そして、おもしろさ、完成度、しっかりと色の載った映像、サラウンドEXのデジタル立体音響……なんだか日本の映画を超えている気がする。香港に抜かれ、韓国に抜かれ、ついにタイにも……。 この映画はCGを使っている。もちろんワイヤーも、スタントマンも、早回しも使っている。ムエタイも一般的なムエタイではなく、実戦的格闘技としてのグローブのなかった古い時代のムエタイだ。ようするに主人公がからむアクション・シーンにはこれらを使っていないというだけで、現代のエンターテインメント作品で、前4者をつかわないで映画など作れないほどだ。 たとえば本作のCG合成は、格闘技場でショートした電線から火花が散るシーンや、観客から投げられるコインが雨のようにスロー・モーションで降り注ぐシーンで使われていると思う。ワイヤーは高速道路での三輪タクシーのチェイス・シーンで、道路が建築中で途切れているところから落ちそうになるシーンでは、ワイヤーで車を固定していると思われる。ヤクザたちから逃げるシーンでは、早回しとスロー・モーションをうまく組み合わせて、リズムを出している。格闘シーンでは、主人公に殴られる人たちは当然スタントマンだ。殴られる人たちがうまいからこそ、格闘シーンはリアルになり迫力が出るのだ。いくら主人公だけがうまくても格闘シーンは成立したない。 とにかく一生懸命という感じがあふれている。それが素晴らしい。タイは貧富の差が激しく、また都会と田舎の生活水準も天と地ほども開きがある。それがよく現れている。タイの都会の今はこんななのだろう。テレビで旅行ガイド的に紹介されるのは、どちらかといえばのんびりとして素朴な(貧しそうな)田舎ばかりだが、やっぱり都会はなんでもあって、犯罪者も多く、悲惨な事件も起きるのだ。 前半は、とくにその都会の底辺で法を破って暮らす人々のセコさが、これでもかと繰り返し描かれる。何度ヒドイ目にあっても、こりずに人を騙して儲けようとするチンピラのセコさ。ただし、バランスの取り方がうまく、観客がいい加減嫌気が差して離れそうになる寸前で笑いを入れたりアクションを入れたりして後半に繋いでいく。そして後半は前半のセコさを吹き飛ばすようなスカッとするアクションの連続。うまい構成。しかもそのチンピラが命をかけて村の宝を守ろうとするようになる。 悪役のボスの喉が、病気なのか怪我なのかつぶれていて、特殊なマイクをくっつけてしゃべるのだが、その声が感情を逆撫でするような声にされていて、いかにもという感じ。ハリウッド作品でもかつて使われていたことのある手だが、すっかり自家薬籠中のものとしている。ブラッチャヤー・ビンゲーオ監督恐るべし。 パターンとしてはまず白人が悪役、次に日系人のらしき人が登場するが、これはやっぱり歴史を考えるとしようがないのだろう。そしてミャンマーから来た敵が現れ、しかし最後の敵はタイ人で、さらなる敵は内なる敵だという落とし込み。なるほど。 銃はガバメントやちらりとベレッタM1934のようなものも使っていて、ボクのイメージ的にはタイかなあという感じ。しかしベレッタM92なんていう比較的新しめの銃も使っていたのはちょっと驚き。こんな実銃ベースのプロップ・ガンがあるとは。 ラスト、ハム・レイは死んだのだろうか。それとも生きていたのだろうか。気になった。ハッキリわからないのだ。生きていたと信じたいが……。 エンド・ロールでスクリーンの半分にメイキング映像が出るが、これがまたスゴイ。スタントマンの打ち身、出血……生傷が絶えなかったようだ。そして車の下を抜けたり、上を飛んだり、狭い隙間を回転して通り抜けたりする超絶技の舞台裏、リハーサルも含まれている。絶対ハリウッドではやらないだろうし、日本でもどうだろうか。危険すぎると思う。 公開初日の3回め(字幕版初回)、新宿に50分前に付いたら、劇場近くの広場で主役のトニー・ジャーがデモンストレーションをやっていたようだが、見ないで劇場へ直行。この人、ジャキー・チェンにあこがれてマーシャル・アーツを始めたらしい。その後ムエタイ、テコンドー、剣劇、体操を学び、雑用係から入ってスタントマンになったらしい。公式サイトによれば「モータル・コンバット」(Mortal Kambat・1995・米)で香港俳優のロビン・ショウの吹き替えをやっているという。 劇場に入るとロビーには20〜30代の若い男性が10人くらいいた。45分前に20人くらいになると、劇場の案内がないにもかかわらず自然と列ができた。40分前になって係員がやってきて整列させ、35分前にはもう50人を超えていた。 15分前に入れ替えとなり場内へ。下は小学生くらいから上は老人までいたが、中心は20〜30代。女性はほとんどがカップルできており、全体の1割弱くらい。ただ、これだけ暴力満載の映画を小学生などに見せてもいいものだろうか。問題解決には暴力という受け取られ方をしないか、最近の犯罪の低年齢化を横目で見つつ思ってしまった。 最終的には格闘技ブームもあってか、763席はほぼ満席。11席×4列の指定席にはなんと若い女性6人を含む15人ほどが座った。ただし11席あったぴあ席には1人も座っていなかったが。 それにしても、いくら注意しても予告編中ばかりでなく、本編中に携帯の液晶を点灯させるヤツ(老若男女を問わず)が多いのはどうしたものか。マナー以前という気もするが。 |