日本語字幕:手書き書体下、稲田嵯裕里/シネスコ・サイズ(マスク、Super 35、Arriflex)/ドルビーデジタル
(米R指定、英PG指定)
1596年、放蕩の末、ほとんどの財産を使い果たした若きバッサーニオ(ジョセフ・ファインズ)は、親しい仲の中年独身男性である貿易商のアントーニオ(ジェレミー・アンアンズ)に借金を申し込む。離れた島に住む莫大な財産を相続した評判の美女ポーシャ(リン・コリンズ)に結婚を申し込むためだった。しかし、アントーニオ自身も全財産が海上の船の中で無一文だったため、本当は蔑んでいたユダヤ人の金貸しシャイロック(アル・パチーノ)を紹介する。シャイロックはアントーニオが頭を下げてきたことがおもしろく、キリスト教では利子を取って金を貸すことが教えに反するとされていたので、3ヶ月以内に返すという証文だけを取り、金利なしで金を貸すことを承諾する。 |
重い話。セットも重厚なら、演技も重厚、雰囲気も、すべてが重厚。たぶんシェークス・ピアの原作もこんな感じで重いのだろう。楽しいものではないが、よい芝居を見たという感じは残った。見終わったあと、暗い気持ちになってしまったが。 ボク自身は少年少女向けに翻案された「ベニスの商人」しか読んだことがないので、原作の本来の雰囲気は分からない。少年少女向けでは、勧善懲悪的で、欲張りな商人が運の悪い男から借金のカタに肉1ポンドを取ろうとして、裏をかかれるという痛快なお話だった。本作は、当時のユダヤ人のおかれた状況、横暴に振る舞うキリスト教徒、といった社会情勢を折り込み、シャイロックにも充分な理由があったとする。完全には喜べない。さらに、ラストの誓いの指輪のくだりでは、どこかにめでたく結ばれた2人の行く末に不安を残す。愛を試すわけで、夫はそれに負けて指輪を渡してしまう。これではラストに妻が認めてくれたとしても、絶対いつかこれが効いてくるという悪い予感。うーむ。 当時、ユダヤ人はゲットーとよばれる隔離地区に住むことを強制され、昼間そこを出る時はユダヤ人と判るように赤い帽子を被らなければならなかったという。その説明があった後でアル・パチーノは赤い帽子をかぶって出てくる。これが辛い。しかも犬と呼ばれたり、キリスト教徒は皮を貸すのに利子など取らないとか、いろいろ言われ。揚げ句の果てに実の娘に裏切られ、半ば自暴自棄になってしまう。そんなときに、借金の返却期限がやってきて、ついつい厳しい取り立てをしてしまうと。 それがわかるだけにラストは辛い。本来ならスカッとするところが、素直に喜べない。たった一度だけ頑固に自分の意志を表に出してしまったために、残りの半生を台無しにしてしまった男の悲哀が全体を支配してしまう。映画としての出来が良いだけに、それが強く心に残る。あわれなシャイロック。 配役は豪華で、ハッサーニオに「恋に落ちたシェイクスピア」(Shakespeare in Love・1998・米)のジョセフ・ファインズ。同性愛を匂わせるアントーニオに「ダイ・ハード3」(Die Hard : with a Vengeance・1995・米)のジェレミー・アイアンズ。シャイロックに「リクルート」(the Recruit・2003・米)のアル・パチーノ。美女ポーシャに日本ではアダム・サンドラー主演なのでパッとしなかった「50回目のファーストキス」(50 First Dates・2004・米)に出ていたというリン・コリンズ。この顔合わせは興味をそそる。これも映画の醍醐味だ。 監督は脚本も手がけたマイケル・ラドフォートという人。古くはジョン・ハートとリチャード・バートンの「1984」(Nineteen Eighty-Four・1984・英)を脚本・監督し、「イル・ポスティーノ」(Il Postino・1994・仏/伊・ベルギー)や、「10ミニッツ・オールダー イデアの森」(Ten Minutes Older : The Cello・2004・英/独/仏)の1話を脚本・監督。セットや時代感というか雰囲気の演出が素晴らしい。ただ、セリフはオリジナルの舞台劇のものを生かしたものがあり、やはり違和感がある。つまのり心情をセリフで言ってしまう不自然さだ。独り言に近いようなもので、リアルな映画にはあまりピッタリとはまらない。名ゼリフを生かしたいということなんだろうけれども……。 撮影監督はヨーロッパ映画をよく見ている人には馴染み深いのだろうが、「イザベル・アジャーニの誘い」(Adolphe・2002・仏)などのブノワ・ドゥローム。プロダクション・デザインがオリバー・ストーン監督との仕事が多いという「トーマス・クラウン・アフェアー」(The Thomas Crown Affair・1999・米/独/仏)や「プルーフ・オブ・ライフ」(Prooof of Life・2000・米)などのブルーノ・ルベオ。衣裳デザインが、劇場が酷くて見逃した「銀河ヒッチハイク・ガイド」(The Hitchhiker's Guide to the Galaxy・2005・米/英)も手がけたというサミー・シェルドン。実際に映画で着用された3着の衣裳が、劇場近くのスペースに展示されていた。アート・ディレクションは「バーチカル・リミット」(Vertival Limit・2000・)などのジョン・ブンカー。 公開2日目の初回、新宿の劇場のあるビルが開かないと並ぶことができないので、きっかりオープン時間に着くと、30人くらいの人。まさかみんな劇場にいかないだろうと思っていたら、ほとんどが劇場へ。エレベーターを降りると走り出す人までいて、なんなんだろう。そんなに混むのか。 定員入れ替え正のため、前売り券を当日券と交換し中へ。入場者プレゼントがあってイタリア製のパイ(うなぎパイみたいなヤツ)を1箱もらった。これはビックリ。得した。 中央付近に2席、ぴあ席があったが、あとは全席自由。どんどん人が増えていって、最終的には340席が満席になってしまった(定員制なので立ち席はなし)。驚いた。こんな地味な作品が満席とは。年齢の下は中学生くらいからいたが、9割は中高年。どちらかというと老が多い感じ。男女比は半々くらい。もともとアイマックス・シアターなので座席はスタジアム形式で、スクリーンは左右隅でも比較的見やすい。ただ、イスが長時間上映には向いていない。硬いのだ。これはつらい。 |