2006年2月11日(土)「クラッシュ」

CRASH・2005(IMDbでは2004)・米/独・1時間52分(IMDbでは113分)

日本語字幕:丸ゴシック体下、林 完治/シネスコ・サイズ(マスク、Super 35。with Panavision)/ドルビーデジタル、(IMDbではdtsも)

(米R指定、日PG-12指定)

http://www.crash-movie.jp/
(全国の劇場案内もあり。音に注意)

クリスマス間近のロサンゼルス。黒人刑事のグラハム(ドン・チードル)と同僚のスペイン系女性刑事リア(ジェニファー・エスポジト)は交通事故に巻き込まれ、偶然近くで発見された若い男の死体を見て驚愕する。その前日、雑貨店を経営するペルシア人のファハド(ショーン・トーブ)は、店が荒らされるため娘のドリ(バハー・スーメク)と一緒にピストルを買いに行く。その夜、黒人のアンソニー(クリス“リュダクリス”ブリッジス)とピーター(ラレンツ・テイト)の二人は、自分たちを見ておびえたそぶりを見せた白人女性ジーン(サンドラ・ブロック)と地方検事の夫リック(ブレンダン・フレイザー)を拳銃で脅し、車を奪う。さらに、病気の父のことで苛ついていた人種差別主義者の白人警官ライアン(マット・ディロン)は、新人警官のハンセン(ライアン・フィリップ)を連れ、TVディレタクーのキャメロン(テレンス・ハワード)と妻のクリスティン(サンディ・ニュートン)の黒人夫婦の車を止めると、怒りの矛先を彼らに向けた。

86点

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 たぶん、ロサンゼルスの普通の人々の、普通の2日間がドキュメンタリーのように見事にリアルに、そしてドラマチックに切り取られている。さまざまな人種があふれ、誰もが怒りと恐怖に支配され、ごく親しい人ともうまく意思の疎通が図れず、ぶつかりあいながら、それでもどうにか生きていこうとする。彼らは1つの交通事故になにかしら関係し、それぞれのドラマがあり、群像として描かれている。この奇妙なアンサンブルが見事だ。

 構成としては「ラプ・アクチュアリー」(Love Actually・2003・英/米)に近い。あれの怒りと恐怖版。刑事と同僚、検事夫妻、錠前屋と娘、車泥棒の黒人二人組、韓国人夫妻、黒人セレブ夫妻、ベテラン警官と新人警官、アラブ人と間違われて嫌がらせを受けるペルシャ人父娘……それぞれバラバラのようで、実は1つの交通事故で繋がっている。しかも、すべてが丸く収まるわけではない。変わらない者もいるし、何かを失うものも、何かを得るものもいる。完全なハッピー・エンドではないが、見ればきっと何か得るところがあると思う。

 ボクが強く感じたのは、「ボウリング・フォー・コロンバイン」(Bowling for Columbine・2002・米)でも言っていたように、アメリカに住む人々に強くはびこる怒りと恐れがたくさんの事件をもたらしているということ。いつも怒っているから、何か気に障ることがあると、そんなに怒る程のことでも無いことなのに悪く受け取ってさらに怒ってしまう。恐れているから、相手が何か攻撃してくるのではないかと思って、先に防御し相手を敬遠したり攻撃してしまう。もちろん現代は、都会に限らず田舎でさえ、人を信用できない。用心しなければ寝首をかかれる。だからアメリカでは銃を持って自衛する人がいる。しかし多くの場合、その怒りと恐れは、もっとコミュニケーションが取れれば、怒りではなくちょっと優しい気持ちで接することが出来れば、実は解決できることなんだということ。コミュニケーション不足が悲劇を招く。

 映画はどこかでファンタジーであるべきで、すべて冷徹な目でリアルに作られていたら、この種の映画を見ると絶望に駆られてしまうだろう。しかし本作は、おそらく足し引きが合うようになっているのではないだろうか。誰かに対して怒りや悲しみを与えた人は、自分も怒りや悲しみを受けとる。そうしなかった人は、酷い目に遭わずにすむ。実生活でこういうことは、なかなかない。

 そして、明確な悪人、善人というのも存在しない。根っからのワルなんてめったにいないし、全くの善人君子だっていやしない。みんな良い面もあれば悪い面もある。それが普通なんだと。

 怯えてベッドの下で眠る5歳の娘に、見えない防弾マントをあげるエピソードが感動的だ。今思い出しても涙が出そうになる。銃が簡単に手に入るアメリカではこんなドラマも生まれてしまう。そして、上流社会で文句ばかり言って暮らしている専業主婦が、家政婦を抱きしめて友達はあなただけだわと泣くシーンがまた感動的。心優しい警察官が最後に巻き込まれる事件もまた胸を打つ。スゴイ映画だなあ。

 監督・原案・脚本・製作を兼ねたのは、ポール・ハギスというカナダ生まれの52歳。TVで製作や脚本で活躍していた人で、エミー賞の受賞経験もある。それで、劇場映画の脚本を初めて書いたのが「ミリオンダラー・ベイビー」(Nillion Dollar Baby・2004・米)で、いきなりアカデミー脚本賞にノミネートされた。そして、本作で劇場映画監督デビューし、作品賞・監督賞を含む6部門でアカデミー賞にノミネートされた。なんという才能だろう。当分この人から目が離せない。

 もう1人脚本と製作を兼ねたのが、TVの「ミレニアム」などの製作と一部の脚本を手がけたボビー・モレスコ。この人も映画監督デビューするらしい。

 そして、製作に名を連ねている1人に、出演もしている俳優のドン・チードルがいる。本作ではジャンキーの母と家を出て行方不明の弟という問題を抱える刑事を好演。「ソードフィッシュ」(Swordfish・2001・米)や「オーシャンズ11」(Ocean's Eleven・2001・米)などで知られる人。スマートで清潔な感じがいい。

 その相棒の女刑事を演じるのは、ホラーの「ラスト・サマー2」(I Still Know What You Did last Summer・1998・米)や「ドラキュリア」(Dracula 2000・2000・米)のジェニファー・エスポジト。ただきれいなだけじゃないことを本作で証明して見せた。しかも胸まで露出しての熱演。彼女も脚本の素晴らしさに惹かれたらしい。

 一見悪徳警官のようだが、実は病気の父を抱え、あるときは命を懸けて人命救助に挑む男を演じるのは、かつてチョイ悪のイメージで「アウトサイダー」(The Outsiders・1983・米)や「ランブルフィッシュ」(Rumble Fish・1983・米)でヤング・アダルト・スターなんてもてはやされたマット・ディロン。「メリーに首ったけ」(There's Something about Mary・1998・米)でコメディもいけることを見せてくれたが、さすがに40歳を過ぎると貫録も付き演技派のイメージ。いい味を出している。

 サンドラ・ブロックも脚本に魅了された口で、どんな役でもいいから出してくれといったらしい。上流階級のいやな感じのセレブを、ついもの明るく軽い感じをまったく出さずに、いやらしく演じている。

 書かずにいられないのは、TVディレクターをやっているキャメロンを演じたテレンス・ハワード。「ジャスティス」(Hart's War・2002。米)で確か疑われる黒人兵を演じていた人。最近では「フォー・ブラザーズ/狼たちの誓い」(Four Brothers・2005・米)にも出ていた。撮影現場でもなめられ、気の弱いところを妻に攻められ、ストレスだらけで生きている感じが実にうまい。そして、銃をズボンの後ろにはさんで警官の前に立つシーンが怖い。銃なんか持っていたらいつ撃たれるかもわからない状況。これが本当にリアル。

 そして彼の妻を演じたサンディ(タンディ)・ニュートンも実在感があって、素晴らしい演技。この人はトム・クルーズの「M:i-2」(M:i-2・2000・米)に出ていた美女。最近だと今一つパッとしなかったSFアクションの「リディック」(The Chronicles of Riddick・2004・米)にも出ていた。

 いちいちキャストを上げているとキリがないが、とにかくそれぞれキャラクターが立っていて、素晴らしい群像劇となっている。

 公開初日の2回目、銀座の劇場は全席指定なので、40分前に着いたら224席のうちの前3列しか残っていないという。スクリーンの穴が見えそうなくらい近い。しかもサイド寄り。がまんして座ったがかなり見にくかった。最終的には満席。スタジアム形式の座席なので、前席の人の頭が気になることはなかったが、疲れた。しかもシネスコだから横に広い。それを前方で見ると頭を振らないと端まで見渡せない。

 観客層は20代〜中高年までまんべんなくいた。男女比は4対6くらいで女性のほうが多い感じ。

 予告はあまり見たいというものがなかった。「ウォーク・ザ・ライン」も「ブロークン・フラワーズ」もなあ……。「ぼくを葬る」とか「リトル・イタリーの恋」も見る気がしなかった。暗いのばっかり。ため息が出る。「レント」はコーラスが良かったが。


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