2006年4月30日(日)「デュエリスト」

HYEONGSA・2005・韓・1時間44分(IMDbではトロント国際映画祭版111分)

日本語字幕:丸ゴシック体下、根本理恵/一部英語字幕/シネスコ・サイズ/ドルビーデジタル



http://www.duelist-movie.jp/
(入ると画面極大化。音に注意。全国の劇場案内もあり)

朝鮮王朝時代、大規模な偽金事件により、重大な経済混乱が発生した。捕監庁の女性捕吏であるナムスン(ハ・ジウォン)は、上司のアン(アン・ソンギ)とともに捜査に当たることになり、ついに常平通宝の金型を持つ男(カン・ドンウォン)を発見し追いかけるが、軍務長官の屋敷の近くで見失ってしまう。そこで、アンとナムインは張り込みをすることにするが……。

85点

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 まいった。IMDbではたったの5.5点だが、素晴らしい、映画らしい映画。悲恋にしてアクションであり、カッコいいのにコメディの要素もあるという作品。絵も圧倒的な美しさと力を持っている。このセンス、構成力。いかにも時代劇(チャンバラ)らしい。カッコイイ劇画調でもあり、奇跡のような映画だと思う。感動した。これは劇場で見ないと。

 とにかくいいのは、謎の刺客である「悲しい目をした男」カン・ドンウォン。冒頭は般若の仮面を着けているので真っ白な髪だが、いずれにしても長いストレートの髪。まさにマンガに登場する美青年の剣士そのまま。満月をバックにジャンプした構図は、いろんな映画で使われているが、最近で言えば「SHINOBI」(2005・日)そっくり。最初顔を全部見せずに、ちょっとだけ見せて興味を惹きつけ、ベストなタイミングでぞっとするほど美しい瞬間を見せるという手法は、黒澤明監督が「羅生門」(1950・日)で、京マチ子を見せるとき使った手法。美しさが強調され、観客は一瞬で虜になってしまう。長い髪はそのためだろう。

 ちょっと上目遣い気味で悲しげな流し目は、多くの女性の心をわしづかみにしたのではないだろうか。ただ意外なことに、普段のカン・ドンウォンというのは、普通の好青年だ。本作のキャラクターのような息を飲むほどの美しさはなかった。つまり、監督のキャラクター・デザインが素晴らしいのだろう。ボクは見に行っていないのだが、「彼女を信じないでください」(Too Beautiful to Lie・2004・韓)で主演しているらしい。その時の感じと本作を比べてみたかったなあ。

 同様に、ナムスン役のハ・ジウォンも普段のイメージはだいぶ違う。本作では、美しさはもちろんとして、時に口をゆがめて(これが笑える)男勝りな言葉遣いで男と平等にわたりあう行動派の女だが、先日フジテレビのチョナンカンにゲスト出ていたのを見たら、おしとやかで今風の普通の女の子だった。

 演技力もあるのは違いないが、やっぱり監督のキャラクター・デザインのうまさなのではないだろうか。彼女を少しコミカルな役回りにしたことで、映画としての厚みがましたような気がする。ただの美しいだけのヒロインだったら、ここまで面白くならなかっただろう。「ボイス」(Phone・2002・韓)ではリアルな絶叫の天才少女ばかりにスポットが当たったが、主役を務めていたのがこの人なのだ。アクションもここまで出来るとは驚きだ。うまい。ナイフを2挺使うのが、なんともカッコいいのだ。

 彼女の上司を務めるのが、これまたちょっとコミカルな存在のアン・ソンギ。韓国映画界では大ベテランで、ボクが最初に劇場で韓国映画を見た「ホワイト・バッジ」(White Badge・1992・韓)でも主役の悩めるベトナム帰還兵を演じて見事だった。他に有名なところでは「黒水仙」(黒水仙・2001・韓)、「MUSA武士」(Musa・2001・韓)、「シルミド」(Silmido・2003・韓)、「アラハン」(Arahan・2004・韓)などがある。何か、コミカルな役の方がこの人には会っている気がするのは、ボクだけか。なんと劇場映画デビューは5歳の時だとか。

 劇中、ソン軍務長官に献上されるのが、日本の室町幕府からのある種の呪いが込められた剣。「夏草や兵どもが夢の後」と刻まれていて、日本語でそれを読む。この剣がまた強力なわけだ。長官の手下たちは忍者みたいだし、最初からかなり国際市場を考えて映画を作っているようだ。ただ、この歌舞伎的な見得を切るような間の取りかたが西洋人にわかるかどうか。IMDbの低評価を見ると通じなかったに違いない。

 とにかく絵作りがうまい。俯瞰からカメラが降りてきて人物の背についていくとか、真っ黒な画面の対角線から光を持った人物が入ってくるとか、前景、中景、遠景を活かした画面構成など素晴らしいとか言いようがない。時代物は鮮やかな色がなく地味になりがちだが、軒先に提灯を連ねてオレンジを配したり、庭にカエデ(紅葉?)を置いて暗闇に鮮烈な赤を浮かび上がらせたり、港にあるような緑色のガラスの壺のようなものを市場の下に置いたり、カラー設計もズバ抜けている。思わずハッとするような色使い。

 監督・脚本はイ・ミョンセという人。もともとアン・ソンギとの仕事が多いらしい。韓国内でさまざまなヒット作を手がけた後、4年間のアメリカ滞在を経て本作を撮ったのだとか。日本ではほとんどの作品が劇場未公開だ。「マイ・ラブ、マイ・ブライド」(My Love, My Bride・1990・韓)という作品が1992年の東京国際映画祭で上映されたくらいらしい。しかし、この監督は注目だろう。ちょっとコメディ系が多いらしいが、ぜひとも他の作品も見ててみたいし、今後の作品も見たい。

 監督が目指したという「相手に感情を伝えるためのアクション」というのが新鮮で実に良い。うまくいっていると思う。とくにラストの方は、戦いというより、まるでラブ・シーンのようだ。プロダクション・ノートによれば、そのために韓国伝統の仮面舞踏やタンゴも参考にしているらしい。

 撮影はファン・ギソクという人。あの感動作「友へ チング」(Chingu・2001・韓)を撮った人だ。どうりで、うまいわけだ。カメラワーク、レイアウトなど寸分のスキもないという感じ。チョ・ソンウが手がけた音も、盛り上がりや間など絶妙だし、チョ・グニョンとイ・ヒョンジュが手がけた美術も素晴らしい。そして、不明だが衣装を手がけた人の仕事も卓越している。それらのどれひとつとしてぶつからず、すべてがオーケストラのパートのように重なり合い、完璧なアンサンブルを奏でている。これを劇場で見なくてどうする。

 ちなにみ、チラシによれば、日本公開に当たって監督自身が「作品の持つエモーショナルな部分をより意識した編集」を行ったという。そのためトロント版より7分短いのかもしれない。ボクとしては、同じ監督でナムスンの他の物語(続編)も見てみたいが、たぶん同じものは作らないだろうなあ。でも黒澤監督だって「椿三十郎」(1962・日)を撮っているんだから、2作目まではありだと思うんだけど。

 公開2日目の2回め、銀座の劇場は朝一に座席確保したので25分前に到着したら、すでに開場していた。中には2〜3人の人。やはり全席指定なので遅く来る人が多いようで、15分前でも20人くらいしかならなかった。予告が始まってから来るヤツが多かった。

 最終的には、540席の3〜3.5割ほどの入り。これは少ない。韓流にのっかったオバサンたちはどうしたんだろう。カン・ドンウォンはノー・マークだったか。マスコミが取り上げなかったか。

 年齢層は20代後半からという感じで、中高年が中心。8割が女性だった。でも、たぶんレディース・シートには誰も座っていなかったような。

 予告は、いきなりNHKのDVD「チュオクの剣」から始まったが、ハ・ジウォンが出ているらしい。そうかNHKで放送していたのか。見逃していた。彼女が出ているなら見れば良かった。劇場作ではまたまたゲーム原作(コナミ)だがおもしろそうなホラー「サイレント・ヒル」、そしてなぜかスピリチュアル・カウンセラーの江原啓之さんが現われ「ナイロビの蜂」の宣伝。もうすぐ公開なのに、今さらと思うが。


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