2006年5月5日(土)「戦場のアリア」

JOYEUX NO鎰・2005・仏/独/英・1時間57分(IMDbでは116分)

日本語字幕:丸ゴシック体下、松浦美奈/シネスコ・サイズ(マスク)/ドルビーデジタル、dts

(オリジナル版米R指定、独12指定)

http://www.herald.co.jp/official/aria/
(全国の劇場案内もあり)

第1次世界大戦が始まったばかりの1914年12月24日、フランス北部の村で、フランス軍とスコットランド軍の連合軍と、ドイツ軍が対峙していた。一進一退が続くその夜、スコットランド軍の塹壕からバグパイプの曲が鳴り響いた。するとドイツ軍の塹壕からクリスマス・ツリーが掲げられ、テノールの歌声が上がる。そしてその歌手がツリーを手に現われると、スコットランド軍の兵士たちのコーラスがそれに加わる。やがて3国軍の兵士たちが中央の戦場に現われ、クリスマスの間だけ休戦する約束をする。

76点

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 感動した。あやうく涙が……。歌(音楽)の持つ偉大な力を改めて気付かされる一作。実話だというのが驚かされる。

 たとえ戦争が始まっても、一般の兵士には敵を憎む気持ちはない。それは政府のプロパガンダ、新兵訓練によって植え付けられるもので、具体的なイメージはないはず。ただ憎いだけで日常のない相手なら銃を向け、引き金を引くこともできるかもしれない。ところが、この映画のように、何かがきっかけでコミュニケーションが出来てしまうと、相手にも日常があり、同じような思いでいたこことがわかる。家族があって、早く家に帰りたい……。それを知ってしまったら、もう銃は向けられない。引き金は引けない。つまりコミュニケーションの不在、不足が戦争を起こしてしまう。

 3カ国がコミュニケーションを取るきっかけとなるのが音楽。これの使い方がとにかく自然。まったく疑問の余地なし。きっと実際にもこうだったに違いない。敵に負けたくないから、自分たちだって音楽を解するし芸術を愛する心はあるとアピールせずにはいられなくなる。ついには銃を置いて最前線へ出ていってしまう。うまいなあ。

 さらにいいのは、これを見ていたフランス軍が「おい。何が起きているんだ。俺たちは招かれてもいないぞ」と言って出て行くのだ。ここが笑わせる。なんだかフランス人らしい感じ。3つの部隊それぞれが実にその国らしい雰囲気で演出されている。権威を振り回す上官と、それを陰でおちょくる兵士たちというスコットランド軍。厳格な雰囲気が支配している静かなドイツ軍。暗い中にもどこか自由な雰囲気のあるフランス軍。これもうまい。

 とどめに、少なくとも1人、この和やかムードに乗り切れない男がいること。これがいい。みんなが良い子になってしまっては、リアリティがなくなる。ちょっと異常なほどの兄弟愛(ちょっと違う想像までしてしまいそうなほどの)ゆえに、彼を失った悲しみが深く、一緒に交流することができない。いつ引き金を引くかわからない男の存在が物語に緊張感をもたらしている。

 ただ最初、気になったのは、キーとなっているソプラノ歌手とテノール歌手が、口はあっているのだが、あらさまに吹替なこと。口というか喉というかお腹というか、まったく力が入っているように見えないのだ。これだけの声量で歌うなら、青筋の1〜2本も浮き出て当然の場面、いかにも涼しげな顔で歌われてもなあ。話が盛り上がると気にならなくはなるのだが……。こんなにうまい歌は歌えないのが当たり前だとしても、もう少し工夫ができなかったのだろうか。

 そのデンマーク人美人歌手を演じているのは、ドイツ生まれのダイアン・クルーガー。ドイツ語も英語もフランス語も流ちょうに話していたが、どうやら本当に話せるらしい。ブラピの「トロイ」(Troy・2004・米ほか)で絶世の美女ヘレンを演じていた人。最近では「ナショナル・トレジャー」(National Treasure・2004・米)でニコラス・ケイジの相手役を演じていた。

 ドイツ軍人の徴兵されたテノール歌手は、ベンノ・フユルマン。ドイツ生まれで、ドイツのTVを中心に活躍している人らしく、映画ではヒース・レジャーの「悪霊喰」(The Sin Eater・2003・米独)でシン・イーターを演じていた。

 フランス軍の悩めるオードベール中尉を演じていたのが、私生活でダイアン・クルーガーの夫であるギョーム・カネ。レオナルド・ディカプリオの「ザ・ビーチ」(The Beach・2000・米)で、一緒に島へ行くフランス人カップルの1人を演じていた人。「ヴィドック」(Vidocq・2001・仏)では「ザ・ビーチ」と同じ役名エチエンヌで、ヴィドックの伝記を書くいわば主役を演じていた。

 ドイツ軍の若き指揮官ホルストマイヤー中尉には、ドイツ人の父を持つスペイン生まれのダニエル・ブリュール。ドイツのTVで活躍していて、日本でも公開された「グッバイ、レーニン!」(Good Bye Lenin!・2003・米)で主役を演じ注目された。

 スコットランド軍のパーマー司祭は、ゲーリー・ルイス。「リトル・ダンサー」(Billy Eliot・2000・英仏)でパパを演じていた人。「ギャング・オブ・ニューヨーク」(Gangs of New York・2002・米独ほか)にも出ていた。それらではちょっと厳しい感じの人だったが、本作では一転してまったく穏やかなひとだ。

 監督と脚本はフランス生まれのクリスチャン・カリオン。本作の元になる本を読み、映画化するために監督になったという変わり種。まったく映画の経験がなかったため、数本の短編と長編を1本手がけて、ようやく本作にたどり着いたのだとか。なんと12年掛かっているのだ。そして、絶対に映画化したいという熱意が、本作を素晴らしいものにしたのだろう。素晴らしい。

 銃器はもちろん充分、時代考証されているようで、フランス軍のオードベール中尉の持っているのは将校用ピストルの、たぶんラベルMle1892リボルバー。わざわざ普通のリボルバーと違う右側へシリンダーをスゥイング・アウトさせている所を撮っている。ライフルはたぶんレベル・ベルチェー1907/15ライフル。スコットランド軍はイギリスのSMLE No.1 Mk3ライフル。ドイツ軍はモーゼルGew98ライフル。マシンガンはマキシムMG08/15だったろうか。

 公開8日目の初回、銀座の劇場は45分前についたらモーニング・ショーで別な作品を上映しているとかで、ロビーに30〜35人の人。ちょうど列を作る頃で、35分前には50人以上になった。やはり話題作か。25分前に入れ替えとなり、最後列中央のぴあ席6席以外は全席自由。

 15分前に273席の8割ほど埋まり、10分前には満席になった。ほとんど中高年で、男女比は3対7と女性が倍以上。オバサン、オバアサンが多い印象。10分前から案内を上映。

 予告は、日本映画が多く、面白そうな「水霊」(みずち)、なんだか暗い「雪に願うこと」、楽しげだがビデオで良いかなという気もする「間宮兄弟」、お父さんが女性になってしまうという悲しい映画「トランスアメリカ」。ニール・ジョーダンの「プルートで朝食を」はどうなんだろうか。チャン・ツィイーの1人3役「ジャスミンの花開く」は普通のドラマの気がして、ちょっと……。

 非常口ランプが暗くならないので、非常に気になった。いまどきこれはなしだよなあ。


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