2006年6月3日(土)「ステイ」

STAY・2005・米・1時間41分(IMDbでは99分)

日本語字幕:手書き風書体下、栗原とみ子/シネスコ・サイズ(マスク、Super35)/ドルビーデジタル、dts

(米R指定)

http://www.foxjapan.com/movies/stay/
(入ったら音に注意)

ある夜、ニューヨーク、ブルックリン橋の上で1台の車がクラッシュし、炎上した。ドライバーのヘンリー(ライアン・ゴスリング)は一命をとりとめたが、異常な発言を繰り返したことから、精神科の治療を受けることになる。治療を担当することになった精神科医のサム(ユアン・マクレガー)は、ヘンリーが未来を言い当て、数日後の誕生日に自殺すると言い放ったことにショックを受ける。それを食い止めるため、ヘンリーの知人を訪ね歩くが、奇妙なことが次々と起こる。

73点

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 うーん、いくつかの解釈が可能なように作られているような気もするが、ボクにはこの作品はシンプルなものに思えた。かつてあるフランス映画で描かれたように、主人公が橋から身を投げたところから始まり、川面に没して終わるというパターンではないかと。最初は「ファイト・クラブ」(Fight Club・1999・米)のパターンかとも思ったが、そこまでではなかった。

 そのフランス映画では落ちている間に、主人公がそれまでの人生を振り返るという構成らしい。ボクは見ていないのだが、映画の師匠にそういうフランス映画があったと教えてもらった。似ているなあと。

 とにかく素晴らしいのは、編集だ。もちろん、そのような複雑な編集をすることを前提に、いや緻密に計算して撮っているわけだが、圧倒される。映像マジックと呼んでも良いのかもしれない。たとえば、窓の外を見ると自分がいて、カメラはそこへズームしていき、そちらで会話が始まるともう時間が経過しているとか、カメラが水中を進んでいくと家のようなものがあり、窓の中に人がいてカメラが窓から室内に入っていくとか、ガラスに映ったサムの顔が横に移動すると、電車のドアのガラスに映ったヘンリーの絵に入れ替わったり……観客を混乱というかカオスのような世界へ知らず知らずのうちに引きずり込んでいく。

 映像的なキーとなるフラグもあちこちに立っている。同じ格好をした3人の女たち、少年と風船、指輪、自分以外止まった時間、モーフィングによる混乱・混同……。これらを元に観客は自由に解釈していける。ちょっと雰囲気が「ツイン・ピークス」(Twin Peaks・1989〜1991・米)のデヴィッド・リンチ監督のようでもある。

 ある意味不条理で解釈不能なことが多いが、これはつまり精神世界なのではないだろうか。夢の中では考えられないことが起こるし、因果関係も成立しない。自室の壁に細かい字でびっしりとI'm sorryと書かれているシーンはぞっとする。

 ユアン・マクレガーとナオミ・ワッツはあちこちの映画に出ているので、今さら解説の必要もないが、ライアン・ゴズリングってだれだっけ? どこかで見たような気はするけど…… 調べてみたら、もともとはTV出身で、白人と黒人が同じチームでフットボールに挑む「タイタンズを忘れない」(Remember the Titans・2000・米)に出ていたらしい。その後アート系の小さな作品「16歳の合衆国」(The United State of Leland・2002・米)で殺人者を、サンドラ・ブロックの「完全犯罪クラブ」(Murder by Numbers・2002・米)で完全犯罪をたくらむ恐るべき高校生を、老人ラブストーリー「君に読む物語」(The Notebool・2004・米)ではさわやかナイス・ガイを演じている。今回はかなり屈折した役で、「君に……」のさわやかさはまったくない。スゴイ演技力だ。

 盲目の医師、はたまた父(?)を演じるボブ・ホスキンスは、つい最近ジェット・リーの傑作「ダニー・ザ・ドッグ」(Danny the Dog・2005・仏米英)で物凄い悪役を演じていた人。メジャーになったのはロバート・ゼメキス監督の実写&アニメ「ロジャー・ラビット」(Who Framed Roger Rabbit・1988・米)あたりからだろうか。「スーパーマリオ」(Super Mario Bros.・1993・米)のマリオはピッタリだったが、そんなにスゴイ人だとは思わなかった。しかし「スターリングラード」(Enemy at the Gate・2001・米独英他)も良かったし、特に「ダニー……」は良かった。その実力が本作でも発揮されている。盲目から見えるように変わる瞬間の演技がスゴイ。合わない焦点が合うようになり、まるで意識がもどったような感じ、電球が灯ったような感じは怖いほど。

 劇中、田舎の保安官がパンケーキ・タイプのホルスターを着けている。主人公が自殺しようとする9ミリの拳銃はP226か、ルガーのオートか。上映中の一瞬では判断がつかなかった。

 この複雑な(骨組みはシンプルだと思うが、それを悟られないように構成し、ミスリーディングするのが難しいと思う)脚本を書いたのは、デイヴィッド・ベニオフという人。大学卒業後小説家を目指してクラブの用心棒などしながら執筆活動していたらしいが、本作の脚本が一番最初に売れたらしい。しかし最初に映画化されたのは自作の小説で、スパイク・リーが監督した「25時」(25th Hour・2002・米)だそう。それが評価されて「トロイ」(Troy・2004・米)の脚本を担当することになったらしい。今後注目かもしれない。それにしても、最初の脚本が150万ドル(約1億7千万円)というのはスゴイ。スゴ過ぎてよくわからない。

 監督は、ドイツ生まれでスイス育ちというマーク・フォスター。ハル・ベリーがアカデミー賞の主演女優賞を受賞した「チョコレート」(Monster's Ball・2001・米)、ジョニー・デップの「ネバーランド」(Finding Neverland・2004・英米)を監督している。今後も注目してみたい。

 編集は、マット・チェシーという人で、「チョコレート」と「ネバーランド」でも編集を担当している。2000年以降、だいたいマーク・フォスター監督の作品はすべて編集を担当しているようだ。マーク・フォスター監督の演出手法が編集と密接に関係しているので、よくわかっている人と一緒でないとできないのかもしれない。

 ラスト、まわりの人が主人公に声をかける。「ステイ、ステイ・ウィズ・ミー」(「しっかり、気を確かに」みたいな感じか)。そして割れたガラスがもどっていって初めてタイトルが出る。うまい演出だ。タイトル・デザインはEPOXYというところ。

 公開初日の初回、恵比寿の劇場は65分前に着いたら、すでに25人くらいの行列(実際、受付のスタンプをもらったら4番だった)。女性が多く、男女比は1対3くらい。女性は20代くらいが中心で、男性は30代後半〜中高年といった感じ。

 50分前に開場し、スタンプをもらいその番号順での入場で、全席自由。15分前に劇場にもどればいいという。時間が合ったのでコーヒーを買いに行った。

 最終的には232席の8割くらいが埋まった。単館なのでこれくらいは混むか。でもなかなか優秀な気がする。ただ、心理的につらいような時には見ない方が良いと思う。元気な時にミステリーを楽しむような気持ちで見た方がいいと思う。

 場内は、新宿の「シネマスクエアとうきゅう」と同じく飲食禁止。ロビーでフィニッシュしなければならない。飲み物を飲みながら映画を楽しむことは許されない。そのうち正座をして見ろとか言い出すのではないかと心配になるほど気取った感じがする。うーむ。

 来場プレゼントがあって、ユアン・マクレガーのポートレートをもらった。最近はPCのプリンターが良くなって、家庭でも写真画質が楽しめるので、生写真のありがたみが無くなった。まあ、どっちにしてもナオミ・ワッツのほうが良かったなあ。

 予告編で気になったのは、「フーリガン」の予告がビデオのヒドイ画質で、逆効果だと思った。こんなものを見せられた観客は苦痛なだけ。もっと気を遣って欲しい。2005年度のアカデミー賞に4部門ノミネートされた「カーポティ」は、主演のフィリップ・シーモア・ホフマンが妙なしゃべり方と表情で実在の小説家を演じていて怖いほど。絵もなんだかスゴイ。ちょっと見たいかも。そしてテリー・ギリアム版「ふしぎの国のアリス」である「ローズ・イン・タイドランド」。これは見たい!……が、劇場がなあ……。


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