No Country For Old Man


2008年3月16日(日)「ノーカントリー」

NO COUNTRY FOR OLD MAN・2007・米・2時間02分

日本語字幕:手書き書体下、松崎広平/70mmサイズ(2.2(IMDbでは1.85)、OTTO、Super 35)/ドルビー・デジタル、dts、SDDS

(米R指定、日R-15指定)

公式サイト
http://www.nocountry.jp/
(音に注意。全国の劇場案内もあり)

ルウェリン・モス(ジョシュ・ブローリン)は荒野でのハンティング中、弾痕の残る5台の車と数人の銃殺死体を発見する。麻薬の取引中双方で撃ち合いになったらしい。大量の麻薬と、大金の現金が残されていた。ルウェリンは思わず現金を持ち逃げしてしまう。しかし車から跡が付き、組織から追っ手がかかった。しかも現金には発信機が取り付けられていた。追ってきたのは独特のルールに従って行動する冷徹な殺し屋(ハビエル・バルデム)だった。

76点

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 恐ろしいドラマ。ある種の絶望感と、退廃的な雰囲気と、恐怖が全体にあふれている。そしてクライマックスのない、フェイドアウトするような終わり方。救いもなく、ケジメをつけることもなく、ただ時は冷酷に流れていく。因果応報の成り立たない世界。この空しさ。それがまた恐ろしい。

 雰囲気としては、トミー・リー・ジョーンズが自ら監督したハードボイルド「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」(The Three Burials of Melquiades Estrada・2005・米/仏)とか、「ガルシアの首」(Bring Me the Head of Alfredo Garcia・1974・米/メキシコ)とか、「ナチュラル・ボーン・キラーズ」(Natural Born Killers・1994・米)、そして「ファーゴ」(Fargo・1996・米)のような空気感。

 まずタイトルが出て、トミー・リー・ジョーンズのナレーションとともに映し出されるのは、誰もいない荒野。ほとんど生命を感じられない、死の荒野だ。そしてエド保安官のトミーは言う「最近の事件は、少年が幼い頃から人を殺してみたくて少女を殺したなどという理解できないものが多くなった」と。まさに日本も同じ状況。劇中、ほかにも「人が敬語を使わなくなった」とか「20年前には緑の髪にピアスなんて信じなかった」などとベテランたちが言う。つまり、それこそが原題である「老人にとって国はない」ということなんだろう。エド保安官には全く先が読めない。

 映画史上、たぶんベスト10に入ると思われる恐ろしい殺し屋、アントン・シンガーは、自分で作った独特の行動規範で生きている。相手が死んでいようと、約束は必ず守る。判断が付かない時はコインの裏表で決める。ユーモアを解さず、ほとんど無表情。絶対に諦めず、どこまでも徹底的に追ってくる。そして、銃創などは自分で治療する。まさにターミネーター状態。殺人マシーンだ。冒頭の日用雑貨屋店の店主との会話の恐ろしさはスゴイ。世間話が成り立たない。いつ店主が殺されるかわからない恐怖。

 金を猫ばばして逃げる男、ルウェリン・モスを演じたのはジョシュ・ブローリン。「アメリカン・ギャングスター」(American Gangstar・2007・米)の悪徳警官に続いての悪役。やっぱり無精ヒゲで人相を悪くしている。しかし、本作では小悪党でありながらも、妻を守り、ほとんど罪を犯さず必死に生き延びようとしているところが好感が持て、観客は彼を応援したくなる。すばらしいキャスティング。ハンティングで使っていたスコープ付きのライフルはレミントンか。ギャングから手に入れるサブマシンガンはKG9のようなS&WのM76のような。身を守るために購入して自分で切り詰めるショットガンはウインチェスターM1897。ハンドガンはシルバーのガバメント。

 追う異常な男、ほとんどしゃべらない殺し屋を演じたのは、スペイン生まれのハビエル・バルデム。今どき流行らない七三分けの長髪がまた怖い。本作でアカデミー助演男優賞を受賞した。それも納得の素晴らしい演技。手錠の鎖で警官の首を絞めて越す時の表情など完全にイッてしまっている感じ。スゴイ。トム・クルーズの殺しや映画「コラテラル」(Collateral・2004・米)に出ていたらしい。全く違う印象。役作りとメイクの勝利か。最近では話題になったアレハンドロ・アメナバールの「海を飛ぶ夢」(Mar adentro・2004・西)でも出ていたらしいが、見ていない。今後ますます活躍することになるだろう。つかう武器は圧縮空気と全長を切り詰め、大型のサイレンサーを付けたオートマチック・ショットガン。ピストルはグロックも使っている。

 トリー・リー・ジョーンズはやっぱり「ローリング・サンダー」(Rolling Thunder・1977・米)が強烈で、とにかくすごかった。使っていたのが、分解式のウインチェスターM1897。本作ではリング・ハンマー仕様のガバメント・カスタムを革のベルト・スライド・タイプのホルスターに入れている。

 その部下のウエンデルを演じたのは、ギャレット・ディラハント。アメリカの人気TVシリーズによく出ている人で、劇場映画ではつい最近「ER」(The Assassination of Jesse James by the Coward Ford・2007・米)にエド・ミラー役で出ていた。ちょっと間抜けな感じがうまい。彼はバスケット・パターンのホルスターに4インチくらいのリボルバー、ミリタリー&ポリスのようなハンドガンを入れている。

 ヤツを止められるのは俺しかいないと現われる殺し屋カーソンを演じたのはウッディ・ハレルソン。「ナチュラル・ボーン・キラーズ」(Natural Born Killers・1994・米)の理由なき殺人者がすごかったが、それがあるだけに、本作でもえぐい殺し屋なのかと思いきや、うまく肩透かしを食らわせてくれる。

 アカデミー監督賞と脚色賞を受賞したのは、製作も担当したイーサン・コーエンとジョエル・コーエンの兄弟。ボクは「ミラーズ・クロッシング」(Millers's Crosing・1990・米)、「ファーゴ」(Fargo・1996・米)が衝撃的で、忘れられない。最近はパッとしないなあと思っていたら、これだ。

 銃はほかに、殺し合いをしたらしいギャングたちの手にはAKやらイングラムやらが握られていた。

 公開2日目の初回、銀座の劇場は最初の1週間だけ大劇場での上映(ラッキー!)。60分前に着いたらすでに窓口は開いていて、ロビーの入口前に20人ほどの列ができていた。20代の若い人は3人ほど。4人が女性で、跡は中高年男性。

 50分前くらいにドアが開いて、初回のみ全席自由の場内へ。17席×2列のカバーの席も自由。この時点で30〜40人。スクリーンは70mmフルに開いていた。

 最終的には654席に7.5割ほどの入り。さすがアカデミー賞作品賞映画。ただ、予告編の途中から70mmサイズにスクリーンが変わったら、中央付近がピンあまになった。それが本編の最後までずっと続いたのにはがっかり。映写技師はちゃんとチェックしていないのだろうか。お金を取るプロなんだから……。

 予鈴、本鈴と続いて半暗になって始まった予告編は……トミー・リー・ジョーンズとシャーリーズ・セロンが共演するポール・ハギス監督の「告発のとき」は、実話に基づいた作品で、軍から失踪した息子の後を追う父親と女性刑事の姿を描く衝撃作らしい。

 スタローンの「ランボー 最後の戦場」は上下マスクでやっと新しいバージョンでの予告。ビルマと言っているのを無理にミャンマーと字幕を付けるのはどうなんだろう。スタローンの決めゼリフすごく臭く感じてしまうのはボクだけだろうか。前売りは買ったが、これが本当に最後になることを祈りたい。

 スクリーン・サイズが変わってドルビー・デジタルの水のデモがあってから本編の上映。


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