Climber's High


2008年7月6日(日)「クライマーズ・ハイ」

2008・「クライマーズ・ハイ」フィルム・パートナーズ・2時間25分

ビスタ・サイズ(1.85、アメリカン・ビスタ)/ドルビー・デジタル



公式サイト
http://climbershigh.gyao.jp/
(音に注意。全国の劇場案内もあり)

1985年8月12日、羽田発大阪行き日航123便が墜落した。群馬県の北関東新聞の遊軍記者、悠木(堤真一)は超ワンマンの白河社長(山崎努)との関係が噂される中、社長命令で日航記事関係の全権デスクに任命される。そしてキャップの佐山(堺雅人)とフォトグラファーの神沢(滝藤賢一)を現場へ派遣する。しかし社内は社長のワンマン体制にくわえ、様々な派閥、確執、なわばり意識などが渦巻き、思うどおりに誌面が作れず、記事の掲載もうまくいかない。その時、女性記者の玉置(尾野真千子)から事故原因がわかったという一報が入る。他社はまだ報道しておらず、スクープとなりそうだった。悠木は記者生命を懸け、勝負に出る。

73点

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 「金融腐食列島〔呪縛〕」(1999・日)、「突入せよ!「あさま山荘」事件」(2002・日)から続く、組織内の人間ドラマをリアルに描く群像劇。スゴイ。仕事とは違うところでの駆け引き、罵り合い。日航機墜落という未曾有の緊急事態と、社内の勢力争いで、編集部は地獄の修羅場と化す。観客はそこに放り込まれた形となり、容赦なく場瀬を浴びせかけられる。その酷さに打ちのめされた感じで、へこむ。

 ただ、これだけ数多くのキャラクターをキチッとたたせ、リアルに口論させていく手腕は半端ではない。新聞が作られていくさまが、説明的ではなく感覚的になんとなくわかったような気になる。ワンマンの社長、局長、次長、部長、同僚、部下という力関係、地方紙対中央紙、TV対新聞、販売VS編集、営業VS編集、仕事と家庭、趣味、友人……ドラマとは言え、毎日が闘いのような紙面作り。ボクにはとてもここで耐えられる自信はない。新聞記者になろうという人は、これくらいの覚悟は必要なのかもしれない。

 若松孝二監督の「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」(2007・日)が公開されたら、映画評論家で「突入せよ!「あさま山荘」事件」を視点が警察サイドに偏ったプロパガンダ作品だなどと断じる人が出てきた。ボクはそういう方を信用できない。色んな意見があっても良いと思うけれど、それだったら公開された最初から言えばいい。連合赤軍側に視点を置いた作品が出てから言うなんて!。

 それに、映画はもともと監督の視点から描かれるものではないのだろうか。それがあっちに行ったり、こっちに来たりしていては作品としてのまとまりがなくなり焦点がボケてしまう。報道ではないのだから、両方の立場を平等になんて言うのは当てはまらないと思う。「突入せよ!「あさま山荘」事件」はプロパガンダ映画などではなく、組織内の人間ドラマをリアルに描いた優れた群像劇だと思う。大ヒットとなったのは、それが緊迫感のあるエンタテインメントとして成立していたからだろう。プロパガンダだったらあんなにヒットはしないはず。

 主人公、悠木を演じる堤真一は、あいかわらずいい。何をやってもピタっとはまる。そういう役を選んで演じているのかもしれないが、この人はスゴイ。ただ本人は35歳(1999年)くらいまで役者もあまり気乗りがしなかったらしい。注目されたのは、見ていないのだが「弾丸ランナー」(1996・日)ではなかったか。ボクは「MONDAY マンデイ」(1999・日)が強く印象に残っている。自然体で気張らない演技が良かった。いずれも監督は俳優でもあるSABU。たぶん今でもそんな感じ。「ALLWAYS三丁目の夕日」(2005・日)も、「姑獲鳥の夏」(2005・日)も、TVドラマの「SP(エスピー)警視庁警備部警護課第四係」(2007・日)も、そんな自然体が良い。

 とんでもない職場で男たちに負けずにがんばっている女性編集部員、玉置を演じたのは尾野真千子。つい最近「山のあなた 徳市の恋」(2008・日)に出ていたらしい。良い感じだったので、今後にも期待が持てる。ただ、本作ではキャラが今ひとつわかりにくかったかも。

 セクハラ超ワンマン社長を、実に嫌らしく高慢ちきに演じて見せたのは、名優、山崎努。とにかくうまい。イヤラシイったらありゃしない。出番はそれほど多くないのに、強く印象に残る。さすが「必殺仕置人」(TV・1973・日)の念仏の鉄。「八つ墓村」(1977・日)の懐中電灯をはちまきに挟んで「たたりじゃあ」と村人を次々と惨殺するさまは強烈だった。そして良かったのは伊丹十三監督の「お葬式」(1984・日)の侘介。

 悠木と対立する2人の男も素晴らしかった。1人は社会部部長の等々力を演じた遠藤憲一。Vシネから劇場大作まで、とにかく良く出ている人。ヤクザ役のイメージが強いけれど、「妖怪大戦争」(2005・日)の大天狗なども演じている。名バイプレーヤーといっていいだろう。悠木とのケンカは非常によかった。見ているこちらが気まずくなるようなリアルさ。すばらしい。

 そしてもう1人が次長の追村を演じた螢雪次朗。コミカルな役が多い人だが、本作は恐い。先輩を笠に着た横暴さがなんとも嫌らしい。この人もたくさんの映画に出ている人だが、印象に残ったのは「ゼイラム」(1991・日)あたりからか。そういえば原田監督の「突入せよ!「あさま山荘」事件」でもいい味出してたよなあ。

 販売局のヤクザのような冷血の局長、伊東を演じた皆川猿時もスゴイ迫力。一見いなかのおじさん風なのに、この恐さ。ガムをくちゃくちゃと音を立てて噛み、ものすごい嫌らしさを出していた。TVが多いものの、市川染五郎のファンタジック・アクション時代劇「阿修羅城の瞳」(2005・日)でかなり大きな役を演じていたらしい。さらには「デスノート前編」(2006・日)にも出ていたようで、たぶん本作とは余りに印象が違うのでわからなかったのかもしれない。

 監督・脚本は原田眞人。「ラスト・サムライ」(The Last Samurai・2003・米)で役者としても活躍しているが、ボク的には「KAMIKAZE TAXI」(1995・日)などのロード・ムービー系作品と、「金融腐食列島〔呪縛〕」などの組織内の人間群像ドラマ系作品とが好きだ。うまい監督だと思う。一部の評論家の言うことはまったく納得できない。

 原作は横山秀夫の同名小説(文春文庫刊)。ボクは読んでいないので、映画との比較はできないが、たぶんそのおかげで純粋に映画を楽しめたのではないかと思う。日航機墜落関係の本は読んだことがあるが、本作も読んで見たい気になった。

 本作を日航機墜落事件の映画だと思って見に行くと肩透かしを食うかもしれない。

 公開2日目の初回、45分ほど前に着いたら銀座の劇場は15人ほどの行列。当日券も前売り券も同じ列。でも2列あって、片方は地下の劇場で朝1回だけ上映されるアニメ「ハイランダー」の列。どうりで人種が違うと思った。こちらはほぼ中高年というか高齢者が多めで、事件をリアル・タイムで見ていた人たちか。男女比はほぼ半々、若い女性は2人。

 40分前くらいに案内があって、列が整理された。まもなく窓口が開いて当日券の発売が始まったが、列はそのままで当日券を買う人がブロックごとに抜けて買ってまた列にもどるというシステム。そのためとても時間がかかる。そうこうしているうちに列も延びるわけで……。入場が始まったのは25分前くらいになってから。当日券と前売り券を分けた方が良いんじゃないかなあ。

 終日全席自由で、この時点で50人ほど。徐々に20代後半くらいも増えてきて、最終的には510席のうちの2Fなしで6.5割ほどの入り。もっと入っても良い映画だと思うが、派手な作品ではないのでこんなものなのか。

 暗くなって始まった予告編では……新田次郎原作の「劒岳 点の記」。新田次郎作品は1950年代に松竹が3本、1970年代に東宝が3本、日活が1950年代と1970年代に2本作っているものの、東映では初めての映画化。さて、どうなることか。


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