Gran Torino


2009年5月3日(日)「グラン・トリノ」

GRAN TRINO・2008・米/豪・1時間57分(IMDbでは116分)

日本語字幕:手書き書体下、戸田奈津子/シネスコサイズ(レンズ、with Panavision)/ドルビーデジタル、dts、SDDS

(米R指定)

公式サイト
http://wwws.warnerbros.co.jp/grantorino/
(入ったら音に注意。全国の劇場案内もあり)

ウォルト・コワルスキー(クリント・イーストウッド)は朝鮮戦争で勲章を得た歴戦の勇士で、フォード自動車で働いていたが今は引退し、2人の息子もそれぞれ家庭を持って独立している。そんな彼の妻が突然亡くなる。ウォルトはどの息子ともうまくいっておらず、孫たちともなじめず、一人で古い家で暮らすことになる。その辺りはフォードの工場閉鎖によって白人が減り、アジア系の人々が移り住んできていた。アジア系移民に偏見を持つウォルトの家の隣もモン族の一家が住んでいた。そして街は荒れ、ストリート・ギャングが闊歩する治安の悪い地区となっていた。ある日、ストリート・ギャングに脅された隣家の少年タオ(ビー・ヴァン)が、ウォルトのガレージに侵入し大切にしているヴィンテージ・カーのグラン・トリノを盗もうとする。

87点

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 感動した。必ずしも後味の良い結末とは言えないかもしれないが、見終わった瞬間も、そして帰宅してからもじわじわと感動が襲ってくる。その感じは同じイーストウッド作品「ミリオンダラー・ベイビー」(Millon Dollar Baby・2004・米)と似ている気がする。

 たぶん典型的なアメリカ白人の頑固なジイサンという感じなのだろう。悪い人ではない。しかし人付き合いがヘタで、社交辞令なんて言えず、ものすごい偏見を持っている。しかも強い信念を持っていて、決して自分の意見は曲げない。それでいて、心の奥に負い目に感じている部分がある。悪態をつき、人とのコミュニケーションを拒む。他人が芝生に入っただけで銃を持ってくるような人物だ。しかし、一歩踏み込めば、優しく暖かみのあるタフガイ。そのキャラクターが実に良く作り上げてある。まさにイーストウッドにピッタリ。この人物がリアルに描けた時点でこの映画は成功だったのだろう。

 隣家とコミュニケーションを取っていく過程、タオにいろんなことを教える過程、息子たちとうまくコミュニケーションが取れない様子など、こまかなエピソードがリアルで巧妙。しかもユーモアを随所に盛り込んで、とても入りやすい。

 さらにスゴイのは街のチンピラ、不良たちの描写。いかにもアメリカにはありそうだし、日本でも程度は違えこんなヤツらはたくさんいる。観客にも登場人物たちと同様の不快さを持たせ、こんなヤツらはやっつけて欲しいと思わせる。そして、ウォルトはすぐに銃を持ち出し、持っていなくても手で銃の形を作って撃つ真似をする。これまさにダーティ・ハリーのイメージのまま。うまい。

 ウォルトは地下室にスゴイ工具を持っていて、だいたいこれがあれば直せるといって防錆潤滑油のWD-40を出す。第1騎兵師団だったらしく、師団マークの入ったジッポーを使っている。愛車はフォードで、息子は日本車を売っているので日本車を憎んでいる。差別用語はもの凄く、米食い虫とかイエローとか、グークス(東洋人)、春巻き野郎、トード……などなど。

 隣のばあさんがウォルトを嫌っているのも良いし、「27歳のインテリ童貞」の神父がしつこいくらい教会に来いと誘うところもいい。キャラクターの設定と造形、そして配置が実に絶妙だ。ウォルトがちょくちょくツバを吐く所など「アウトロー」(The Outlaw Josey Walles・1976・米)に通じるものがある。「アウトロー」は最後には真っ向からの銃撃戦で解決してしまうが。

 エンディングの曲というか、歌もいい。話すような感じの歌い方。声がちょっとクリント・イーストウッドに似ていた気がする。作詞はクリント・イーストウッド、ジェイミー・カラム、カイル・イーストウッド、マイケル・スティーヴンスの4人。「オレのハートが宿るグラン・トリノ」というフレーズが泣かせる。

 監督・主演のクリント・イーストウッドは、2007年にフランスから「硫黄島からの手紙」(Letters from Iwo Jima・2006・米)を高く評価され、文化勲章のレジオン・ドヌール勲章を授与されたということだが、今年、日本からも「硫黄島からの手紙」で旭日中章が贈られた。すでに次回作を撮影中というから恐るべき79歳だ。どこからこのパワーは来るのだろう。

 隣家の少年タオを演じたのはビー・ヴァン。これまで演技経験はなく、モン族のオーディションで選ばれたらしい。ウォルトに最初はトロ(英語ではトゥードとかスローと言っていたようだ)と呼ばれる。モン族はミャオ族とも呼ばれるらしく、タイからビルマにかけて居住しているのだとか。ほとんどのモン族の出演者がオーディションで選ばれた演技未経験者らしい。劇中、ベトナム戦争で米軍に付いたと言っている。

 気の強い姉のスー役を演じたアニー・ハーも同様。どこかで見たような気がしたが、演技初体験の映画初出演。ちょっと日本人っぽい感じもある。

 「27歳のインテリ童貞」の神父、ヤノビッチを演じたのはクリストファー・カーリー。主にTVで活躍していた人で、映画はロバート・レッドフォードの「大いなる陰謀」(Lions for Lambs・2007・米)でスナイパー役で出ているらしい。大役だがイーストウッドは無名の新人にチャンスを与えるのが好きらしい。

 言いたいことを言い合うイタ公の床屋、マーチンを演じたのはジヨン・キャロル・リンチ。ハル・ベリーのホラー「ゴシカ」(Gothika・2003・米)や実際の未解決事件を描いた「ゾディアック」(Zodiac・2007・米)などに出ている。怖い役から気の良いオジサンまで、多彩に演じられる人だ。

 撮影はわざと色を薄くして、ドキュメンタリー感を出そうとしているような気がした。そのせいか今の話なのだが、ちょっと昔の話のような感じも。

 はじめて銃を持ったというタオが、M1ガーランドを持って銃口をイーストウッドに向けると、さりげなく銃口をよけるのが良かった。ガバメントはガンブルーがすり減って地肌の金属が出ている骨董品的な代物。操作するとチャキーンと甲高い金属音がするところがリアル。実銃のあの感じ。いざという時はちゃんとハンマーがコックされている。イーストウッドが監督なのだから当然と言えば当然だが。

 ギャングたちが持っていたのは、メキシコ系がコルトのすり減ったディティクティブ。モン族はウージー、イングラム、パイソンなど。

 脚本は原案も手がけたニック・シェンク。これまでは主にTVの脚本を書いていたらしい。ほぼ新人。ウォルトのセリフに「命令もされずやったことが恐ろしいのだ」というのがある。確かにそうだなあと。

 公式サイトのプロダクション・ノートのPDFは読み応え十分で、面白い。ぜひ一読をお勧めする。コピー防止のドットがところどころあったようで、ちょっと気になった。

 公開9日目の初回、前々日に座席を確保しておいて、25分前くらいに着いたら銀座の劇場はずに開場済み。スクリーンはビスタで開いていた。最終的には802席のうちの2F席は9割ほどの入り。ほとんどは中高年。男女比は4対6くらいで、オバサンが多かった。

 5分前くらいから案内が上映され、チャイムが鳴って半暗になって始まった予告で気になったものは……上下マスクの「ハリー・ポッターと謎のプリンス」は新予告。ストーリーがわかるもので、かなりダークな雰囲気だがなかなか面白そうな感じ。

 上下マスクの「ターミネーター4」は長いバージョンでの予告。まあ絵がスゴイ。「マッドマックス」(Mad Max・1979・豪)みたいな荒廃した未来世界で展開する戦争映画という感じか。


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