Lincoln


2013年4月20日(土)「リンカーン」

LINCOLN・2012・米・2時間30分

日本語字幕:丸ゴシック体下、松浦美奈/シネスコ・サイズ(マスク、Super 35、with Panavision)/ドルビー・デジタル、DATASAT、SDDS

(米PG-13指定)

公式サイト
http://www.foxmovies.jp/lincoln-movie/
(音に注意。全国の劇場リストもあり)

アメリカを二分する南北戦争が始まって4年目の1865年1月、エイブラハム・リンカーン(ダニエル・デイ=ルイス)はアメリカ合衆国の大統領に再選され、国務長官のウィリアム・スワード(デヴィッド・ストラザーン)と相談して、奴隷制度廃止を憲法に盛り込むため、憲法修正第13条の法案を下院で提出させる。法案が成立すれば、戦争を終わらせることもできるはずだったが、議員の2/3の票が必要で、共和党のプレストン・ブレア(ハル・ホルブルック)に票の取りまとめを頼んだが20票足りない。そこで、W.N.ビルボ(ジェイムズ・スペイダー)らロビイストに依頼し、議会工作を進めさせる。

上映直前にスピルバーグ監督自身によるビデオ・メッセージがあり、日本向けに物語の簡単な背景が説明される。

74点

1つ前へ一覧へ次へ
 歴史的に重要なできごとで、偉人の伝記的物語で、大きな予算を掛けて作られ、名優達が多数出演していて、感動的な物語……なのに、どこか感動が薄い。1つには、スピルバーグのプレ説明があったにもかかわらず、アメリカの奴隷制について観客が(少なくともボクが)よく知らないのと、上院下院からなる議会制度もよくわからない、民主党と共和党の違いもよくわからないため、いまひとつ状況について行けない。なにしろ合衆国という部分も良く理解していない。さらには大統領制もわからないと、危ういバランスによって議会が動いている感じがつかめない。総理大臣、自民党、民主党、参議員、衆議院……というのとはだいぶ違う。

 そして、リアルな暗い照明に、色も浅めでドラマ的撮り方というよりは、美しい絵もあちこちにありながら、ドキュメンタリー調で割と淡々とした作り方。これはある意味、クリント・イーストウッドなどと同様に、円熟(老練?)の域に達して、枯れた手法になってきたということかもしれない。スピルバーグ監督も66歳だし……。

 それらのために、途中、ちょっと気を失いかけた。基本は法廷劇のような議会劇で、いわば永遠の名作「スミス都へ行く」(Mr. Smith goes to Washington・1939・米)的な、政治映画。票読みや心理作戦、ロビー活動、ハラハラドキドキの要素もある。ただし、原作があるとは言え、事実(史実)に基づいたものだから、都合よいタイミングで事件が起きたりはしない。時代設定も南北戦争が始まって4年後なので、あの有名な演説「人民の……」もない。戦場は戦争の悲惨さを描くためで、ほとんどは議会内での話なので、動きも少なく、変化も乏しい。有名な暗殺シーンも無く、セリフで「大統領が撃たれました」と告げられるだけ。ついつい睡魔が……。

 リンカーンを演じ、史上初の3度めのアカデミー賞主演男優賞を受賞したのはダニエル・デイ=ルイス。イギリス生れで、「眺めのいい部屋」(A Room with a View・1985・英)などで注目され、「存在の耐えられない軽さ」(The Unbearable Lightness of Being・1988・米)からアメリカへ進出。アート系の作品(日本では小劇場公開)に多く出ているが、ボク的にはマイケル・マン監督のアクション「ラスト・オブ・モヒカン」(The Last of the Mohicans・1992・米)が一番好きな作品。本作は、リンカーンがわりと淡々とした人だったようで、大きな感情の爆発もなく(ちょっとはあるが)、長いセリフもなく、印象的な演説などもないので、あまり印象には残らない。ただ、存在感は確かにあったなと。アカデミー賞か……。うますぎて、枯れた演技という域なのかも。

 むしろリンカーを支える妻のメアリー・トッド・リンカーンを演じたサリー・フィールドの方が感情を爆発させるシーンもあり、印象に残った。バート・レイノルズの「トランザム7000」(Smoky and the Bandit・1977・米)で注目され、以後コメディーからシリアスまで多くの作品に出ているが、最近では「アメイジング・スパイダーマン」(The Amazing Spider-Man・2012・米)に育て親として出ていた。夫婦げんかのシーンなんか特にうまいなあ。

 国務長官のウィリアム・スワードに、「ボーン・アルティメイタム」(The Bourne Ultimatum・2007・米/独)のデヴィッド・ストラザーン。奴隷制度廃止の急進派タデウス・スティーブンスに宇宙人ジョーンズこと「メン・イン・ブラック3」(Men on Black 3・2012・米ほか)のトミー・リー・ジョーンズ、リンカーンの長男ロバートに「インセプション」(Inception・2010・米/英)のジョゼフ・ゴードン=レヴィット、ロビイストのリーダー、W.N.ビルボにヒゲで良くわからないが「セックスと嘘とビデオテープ」(Sex, Lies, and Videotape・1989・米)のジェームズ・スペイダー、陸軍長官エドウィン・スタントンに「フェア・ゲーム」(Fair Game・2010・米ほか)のブルース・マッギル、途中で転向して賛成に投票するクレイ・ホーキンスに「ジャンゴ繋がれざる者」(Django Unchained・2012・米)のウォルトン・ゴギンズ……といった具合で、豪華出演陣。

 銃はパーカッション方式の前装銃で、imfdbによるとイギリスの1853年式エンフィールド・ライフル・マスケットが使われていたらしい。また黒人兵などが使っている短い銃はスペンサー1860カービンだと。ただ、撃っているよりも銃剣で刺している方が印象に残り、より悲惨な感じで怖かった。腹に大穴の開いた男や、もげた(または手術で切断された)手足も多く出てくる。それなりの覚悟は必要。

 ちなみに投票は「Yes」と「No」ではなく、「Yea」と「Nay」。古い英語の表現らしい。そして心に残ったセリフのひとつが、戦争の終わりを間近にしてリンカーンが言う「平和の訪れが処刑ではいけない」というもの。敵をとらえて殺してはいけないと。だから逃げた者がいても良いと。意外だった。この時代なら勝った者のやり放題かと思ったが、こんな考え方をしていたとは。

 原作はドリス・カーンズ・グッドウィンの「リンカーン」(中央公論新社刊)。この女性はリンドン・ジョンソン大統領の補佐官を務めたというから。政治の現場を知っているということだ。その後、ハーバード大学の教授になったらしい。

 脚本はトニー・クシュナー。1991年の戯曲「Angels in America: A Gay Fantasia on National Themes」が高く評価され、TVの脚本を経てスピルバーグの「ミュンヘン」(Munich・2005・米/加/仏)で劇場長編映画脚本家としてデビューした。

 監督は巨匠、スティーブン・スピルバーグ。最近は監督よりも製作総指揮が多い。どうも「ミュンヘン」は良かったが、「宇宙戦争」(War of the Worlds・2005・米)あたりから、監督作品がいまひとつの感じ。傑作がずっと続いているから見る目が厳しくなったのかもしれないが、大人気シリーズ「インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国」(Indiana Jones and the Kingdom of the Crystal Skull・2008・米)も、ロバート・ゼメキスみたいになったのかと思ったアニメの「タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密」(The Adventures of Tintin・2011・米/ニュージーランド)も、戦争映画の「戦火の馬」(War Horse・2011・米)も?だった。なにしろシャイア・ラブーフを絶賛し、「トランスフォーマー」(Transformers・2007・米)も1作ならまだしも、褒めちぎって全作製作総指揮をやっているのだ。観客との感覚のズレが生じてしまっているのではないだろうか。

 字幕は気のせいか大きく感じた。そして白っぽいバックだとジャギーが目立って読みにくかった。もっと解像度を上げるべきではないだろうか。昔の海賊版ビデオじゃないんだから。

 照明は、先にも描いたように、室内など当時のランプによる明るさを再現して暗めでリアル。また音響も、閣僚たちとリンカーンが「戦争遂行権は大統領にある」と話すシーンなどは、サラウンドで時計の音がカチカチと聞こえるなど、すごく凝っていた。つまり細部までこだわってお金がかけられている。これは製作も兼ねるスピルバーグ監督ならではだろう。

 公開2日目の初回、六本木の劇場は全席指定で、金曜にムビチケでインターネット予約。電車賃もかからず、手軽で便利。ただ当日、ちょっとだけ早く行って、機械で発券しなければならないが、それは大した手間ではない。

 15分前くらいに開場となり、場内へ。中高年がメインで、あとは若いカップルが何組みか。5分前で40人くらいだったのが、遅れてくる人が多く、最終的には644席に100人くらいいただろうか。男女比は6対4くらい。

 気になった予告編は……TVドラマにもなった妹尾河童の小説の映画化「少年H」。水谷豊と伊藤蘭夫妻が夫婦を演じるというのは、良いのか悪いのか。フジテレビじゃなくてテレビ朝日なんだ。

 「華麗なるギャツビー」(6/14公開)も上下マスクの「グランド・マスター」(5/31公開)も絵が素晴らしかった。絵になる人々と、美しい絵。見たい。

 上下マスク「藁の楯」は、どうしても大沢たかおと松嶋菜々子のH&K P2000らしいハンドガンのグリッピングの酷さが気になって……。

 上下マスク「ジャッキー・コーガン」も、本格アクションのようなのに、冒頭、チーフのシリンダーを振って入れるなどと1970年代以降ほとんど見かけない現実にはあり得ない扱い方が気になって……。4/26公開。

 上下マスク「アイアンマン3」は新予告に。4/26公開。「アベンジャーズ」(The Avengers・2012・米)みたいにならないことだけをキボンヌ。


1つ前へ一覧へ次へ